カリギュラ帝の巨大船

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ローマから30キロほど南に行ったところに、ネミ湖がある。 火山の火口が湖になったもので、月が湖面に反射する様が非常に美しく、古来には女神ダイアナの鏡と呼ばれ、湖の蕎麦にはダイアナ神殿跡も残っている。


この湖にはカリギュラ帝が作らせた巨大な豪華船、二隻が湖底に眠ると言われていましたが、15世紀には、この伝説は本当だったと証明しちゃった人がいます。

でもさすがに引き上げるにはまだまだ技術的に無理があり、実際に二隻の船が湖底から引き上げられたのは20世紀、ムッソリーニの時代まで待たなければならなかったようです。


実際、引き上げるのではなく、湖の水をポンプで汲み上げるというすごい事業を展開したんです。ムッソリーニと読むと日本の方は「ファシズム」と同異義語のように感じる方が多いと思いますが、インフラ事業や文化、建設事業などで、ルネッサンス以後の500年の間で一番輝かしい功績を残した時代なんです。


1927年にムッソリーニの命により、湖の近くに眠る古代ローマ時代の水路を使い、ネミ湖の水を汲み上げ、湖底からカリギュラ帝の巨大船二隻を発掘、引き上げ、1936年には湖のほとりに格納するための博物館も建設されました。

それにしても、カリギュラ帝の治世って・・・・37年から41年です。

紀元37年から41年です。そう考えるとよく二千年近く湖底、水の中にあった木造船の木材が残ってましたよね!

なんか、すごいロマンを感じちゃいます。




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発掘時の写真です。人と比較して大きさがわかりますでしょうか?





が.......現在、この博物館に行ってもカリギュラ帝の船は見る事はできません。


1944年5月31日、この地域は通過して北に退却するドイツ軍と南から進軍してきた連合軍との激しい戦火に巻き込まれ、消失してしまったそうで、大理石の象や、鉄製の錨など戦火を免れたものが残っています。


博物館自体ものち、最初の建築デザインのまま立て直されましたが、入り口を入ると左右に大きく広がるスペースが、なんとも悲しい。


左右の大きなスペースは二隻の船をそのまま格納し、その大きさ、存在感を博物館に入った最初の一目で知らしめるという設計になっているんです。


カリギュラ帝の巨大船は全長、70m 横20mともう一隻は73mと24m。一隻には甲板部にはダイアナ神殿が作られていたと言われています。水道設備も完備していたらしく、この水道管は燃えずに現物を博物館で見る事ができます。


2千年もの時間をしかも、水の中でありながら、今日にその時代をこんなにも如実に伝える事ができたカリギュラ帝の巨大船。

発掘するのに、技術的な問題で2千年待たなければならなかったというのに、戦争がたった数時間ですべてを焼尽してしまったなんて、

なんともやるせないですね。







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by viabellaitalia | 2018-06-30 00:45 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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先日、友人のミケーレの久々のコンサートがあると声がかかり、ローマ郊外の小さなレストランまで、行ってきました。


ローマの大パノラマを望む小高い山の中腹にある街、モンテ コンパトリのしかも、町外れの隠れ家みたいな場所が、ミケーレのコンサート会場。


彼はプロのジャズピアニストではなく、本業はエンジニアさん。

年に数回ほど、同じくジャズが大好きな友人たちと組んだグループで、身内や友人たちに声をかけ、小さなコンサートをする。


グループのメンバーもそれぞれ本業は、まったく音楽関係からかけ離れたエンジニアや、大学の講師とか妙に固い職業の人たちだが、これがね、演奏すると下手なプロより全然すごい!


ミケーレたちのお得意はパットメセニーやハービーハンコック。

下手な人が弾いたら、めっちゃ退屈な事になりかねないのに、これがね、もう毎回鳥肌もの。



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観客は友達と身内とあり、みんな服装がちょうラフ。
アンプも友達が貸してくれたという、超手作りコンサート



パットメセニーが好きというピサーノ氏にずっとミケーレの演奏を聞かせたくって、コンサートがあるからとわざわざピサから呼んじゃった。

学生時代、ラジオ局で働いたこともあり、実は音楽やコンサートの音響など、妙に細かいところまで目が行ってしまうピサーノ氏。

いつもはなかなか厳しい批評をする彼が、もう大感動。


「いやー、ほんとにブラーボだね! しかもみんな、これが趣味でやってるって、驚きだよ!」


でしょ?




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その日の朝に駆け込み予約をしたテーブル。

ミカ用とがっつり書いた札が置いてあった。 汗






しかも、ミケーレは7、8年ほど前だろうか?

友人のおうちに遊びにきていたときに、近所の放し飼いの犬が彼らがくつろいでいた庭に入り込み、襲いかかり、ミッケーレは大切な指を噛み切られるという事故にあった。

ミケーレの彼女さんが、幸いにもローマでも屈指の名外科医を知っていたので、すぐ電話をいれ、噛み切られたミケーレの指を彼女さんが拾い集め、緊急手術へ走ったと聞いている。


その後、きっと長いリハビリとそして練習に練習も重ねたんだろうな。

数年前に会ったとき、また弾き始めたんだとは聞いていた。「ちょっとときどきね、指がまだもたつくんだ。」と言っていた彼の言葉を覚えている。


作年、友人のお誕生日で、久々にミケーレに会った。

お誕生会の会場となったお店にあったピアノで即興でいろいろ弾き始めたのを聞いたときは、そんな事故に見舞われたなんていうのが、まったく感じられない見事な演奏を披露してくれた。


もう一度言いますが、彼の本業はエンジニアです。笑 が、本当にピアノが好きなんだろうな。

目の前にピアノがあると、もう彼らのおもちゃである。一人が弾き始めると、次々と「連弾しようぜ!」と鍵盤の上に手が集まっちゃう。

で、いきなりミニコンサートが始まっちゃう。

ピアノに男性たちが群がって、きゃーきゃーと鍵盤を叩くのって・・・・・・絵的には変ですけどね。

「男の人って、いくつになってもおもちゃが必要」とはイタリア人女性の友人の名言であるけど、ピアノまで彼らのおもちゃになるんです。


イタリア人のこういう才能って、ほんとうにすごいと思う。

日本では「一芸に秀でる」というけど、秀でる域がハンパない上に、一芸どころか、二芸、三芸が出来る人たちがざらにいる。


手を使う事が好きで、自分の好きなことにとことん情熱を傾けることができる、集中力のなさる技なのか?


彼らの見てると、つくづくイタリアの数千年の歴史の中から数々の天才を生み出した国だったわ・・・と思うのである。








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by viabellaitalia | 2018-06-27 00:04 | イタリア広場 | Comments(0)

ピサのルミナーラ 

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先週の週末、ずっと見てみたかったピサのルミナーラ、本当は聖ラニエリのルミナーラと呼ぶそうですが、行ってきました。

Giugno Pisano ピサの6月を飾る一大イベント。昨今、日本でもクリスマス時期にルミナリエなど素敵なイルミネーションのイベントが開催されますよね。

ピサの守護聖人 聖ラニエリの日の前日、毎年6月16日の夜にアルノ河沿いの建物の壁や窓にキャンドルが灯され、河の水面にも灯りが映り込み、何とも言えない雰因気を醸し出します。


そう、21世紀の今でも電飾ではなく、キャンドルなんです。だから灯りがなんとも仄か。


ルミナーラの一番古い記録は1337年にも遡るそうで、ちょっとしたお祭りやあるいは、ピサがフィレンツェのメディチ家の統治になった頃は、メディチ家の結婚お祝いにもこうやってキャンドルが灯されたそうですが、イタリア統一時代に、一度このお祭りは絶えてしまいます。
聖ラニエリの日の前日にルミナーラが設定されたのは割と最近の20世紀になってからだそうです。


アルノ河沿いの建物はそれぞれ年代が違ったり、建築様式が違いますが、それぞれの特徴が出ている窓枠や、壁の飾りなどにそって10万個以上のキャンドルを灯されます。

しかも、キャンドルが掛けられる白い木枠(ビアンケリアと呼ばれるそうです)はきっと、前準備しているんだろうと思うけど、なにせキャンドルですから、朝からボランティアさんたちがひとつひとつ火を灯し、風で吹き消されないように、多分ガラス瓶かな?に入れ、それを今度はクレーン車で、これまた一つひとつビアンケリアのそれぞれの場所に掛けられて行きます。



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見てみて! ね? 一個一個キャンドルなの!




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ビアンケリアにひっかけて行くのも、ひとつひとつ手作業




午後5時過ぎにはピサの中心地区に着いたのですが、もうあっちこっちでクレーン車が一杯。この日のために近隣都市からも借りたに違いない。


7時になっても、まだまだボランティアさんたち、キャンドル灯しをしていましたが、これらのキャンドルは閉幕の深夜のアルノ河大花火大会の後、これまたひとつひとつ外され、アルノ河に流されるそうです。


深夜の花火大会まで、アペリティフで数杯、さらに夕食でもワインの杯を重ねちゃって、その頃には私も、かーなーり酔っぱらっちゃって、せっかくの写真は手ぶれぶれぶれ。

実はこの後、どうやって家に帰ったのか覚えてない。

いえ、帰宅はピサーノ氏の車だったので、要は車に乗った途端、寝込んだってことですね。

お祭りの喧噪を避けて、城壁の外の駐車場に車を止めてあったので、そこまでは・・・・・・記憶あります。


毎年、このルミナーラの次の日にはアルノ河でイタリアの4大海洋共和国、ピサ、ジェノバ、ヴィネツィア、アマルフィーのカヌーの試合があるらしいです。

来年は、もうちょっとゆっくり行って、これも見たいな。







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by viabellaitalia | 2018-06-21 18:53 | Buon viaggio通り | Comments(2)

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ヴォルトゥーラ。Fare la volturaで名義変更をするという意味になります。

耳で覚えていたので、ずっとBoltura ボルトゥーラだと思ってました。いかんいかん。



おだやかな朝食の時間。

突然、ふっ。。。。。っと停電になった。


作年秋に引越したおうちは、実はまだ提供電気料の増加希望が・・・・上手く運んでおらず、上の店長家族と私の家で電気を使いすぎると、いきなり停電が良く起こるんである。


前回は私が洗濯機を使っていたときに、上の階の店長が朝ご飯のトースターを使い、ゴジラさんが掃除機を使って、ブレーカーが落ちました。


またかよ? 

今朝は、うちはテレビをつけていただけなので、こりゃ、絶対やらかしたのは上の階だねと思いきや、上もなにも使っていないと。


食洗機も、洗濯機も掃除機もとオーブンもドライヤーも誰も使っておりません。


「どこかで漏電でもしてるのかな?」

「いや・・・それだったらいきなりはないでしょ?」


そう言えば、お引越で電気の契約の名義変更をしたけど、その後、音沙汰もないけど電気の請求書も来てないよね?

なにせ名義変更ができないと、アンペア増量の申請もできず、このために何度も停電にあっていた訳で。



店長が重い腰をあげて、「やっぱ、電話しないとだめか。」

はい。ダメです。もっと早くに電話しろよ!と言いたいが、こういう公共サービスの電話ってイタリア、ほんとにつながらないので、億劫になる気持ちはわかる。


「いやー。。。。実は、ご依頼をいただいたときに名義変更の作業はしたんですよ。」


「ただ・・・どうしたものか、名義変更の手続きが上手く行かなくって、そのまんまになってまして。てへ。」


「で、古い名義人の方宛にずっと請求書は出してたんですけど。。。。はい、住所は同じですよね? うちはちゃんと郵送したんですけど、郵便局が、請求書のお届け、受取人の名前が表札に見当たらないから配達できないって、戻ってきちゃってて。てへへへへ。」


「ずっとお支払いいただいていないので、じゃあ、電気止めちゃおーかー・・・・ってところでした。」


こら、こら、こらあああああああああああああああああああ!!!!!!


名義人変更できなかったこと、ちゃんとお知らせしてよー!

郵便配達人も表札に名前見当たらないからって、名義変更届け出す前は、前の住人(大家さん)の名前の請求書、ちゃんとポストに入れてってたでしょーに!!!!!!

電気会社も、請求書が戻ってきてるってことは、こっちだって払うに払えてないという状況わかってるのに、どうしてこうなる、イタリアよ?


ということで、すぐ支払いを済ませたら、今夜零時から明日のお昼までに、とりあえずの普通のファミリー用アンペア供給レベルに戻してくれることになりましたが、なにせ請求書がないので、支払うのにも大変だったんでございます。



「一番早く、支払いが反映されるのは、お近くのタバッキでお支払いいただけると助かります! 支払い番号は〇〇●●です。」と番号を口頭でくれましたが、いざ支払おうとしたら、番号が足りなかったわけで。


店長、握りこぶしで、もう一度、コールセンターに電話して、電話に出た別のオペレーターにまた最初から説明し直しして、最後の最後にやっと足りなかった番号をもらいました。脱力。


ちなみに、名義変更は今夜、やっていただけるそうで、アンペア増量の申請は、まだです。

名義変更が完璧に終わってから、申請ができるそうで、一緒には受け付けてくれんらしい。



写真は話題には全然関係ない、ただの音つながりです。

トスカーナの小都市 ヴォルテッラでの一枚。

ヴォルトゥーラとヴォルテッラ 似てるでしょ?









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by viabellaitalia | 2018-06-20 01:38 | イタリア広場 | Comments(0)

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先日のお買い物代行は、ボルサリーノ。

クラシックなボルサリーノらしいデザインのものです。クラウンと同色のリボンがクロコレザーというところが、大人の魅力。


外はやっと30度に届く、いよいよ夏の始まり、パナマ帽の季節ですが、今は作年の秋冬コレクションが、少しお買い得なので、この時期に今年の秋に標準を会わせて、賢くお買い物って素敵ですね。

見てるとボルサリーノは、あまり季節が変わってもお値段が変動しません。

だから商売が下手なんだ。

だから時代に乗り遅れる経営なんだとか言われそうですが、


徹底した昔ながらの職人の手作りの帽子たちは、季節が変わっても「売れ残り」ではなく、現役の逸品ですもの、安売りや叩き売りは、だめだろうと思う。


研ぎ澄まされたデザイン、ラインの帽子たちはしっかりとスタイルを確立してて、流行に追われるようなやわなものではない。


発送準備の前の検品で商品を箱から出すとき、いつもその存在感に圧倒される。

職人の国イタリアから、本物のイタリアンスタイルを代表するようなボルサリーノ、もうすぐ日本のお客様のお手元にも届く頃です。







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by viabellaitalia | 2018-06-14 19:52 | I love shopping通り | Comments(0)

ありがとうのランチ

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やっと、この週末昨年の引越の時に本当にいろいろ手伝っていただいたお友達をおうちランチにお招きできました。

100以上あったIKEAキッチンの部品の段ボール箱や袋を持て途方にくれてたときに、すぐローマから駆けつけてくれたお二人。


各引き出しは自分でも組み立てれたけど、全体を組み上げていくのは、もう全然不可能。私のキャパを超えた作業で泣けました。IKEAの組み立てサービスをやっぱり頼もうと思ったら、


「お客様、もう箱を開けて多少は組み立ています? それで私どものサービスはいたしかねます。」とか

もう無理! 木工職人に組み立てお願いしようと思ったら、どこも仕事が一杯で、1ヶ月ほど待ってくれたら・・・・なんて待てない。


台所が組み上がらないから、ガスもない。水も出ない。食器洗いはトイレの洗面所 号泣

3度の食事はまじ外食。


そんな状況で、失意のずんどこだったところに、何度もローマからやってきてキッチン組み立てを手伝っていただいたお二人に、キッチン、おかげさまで使えてます!とお披露目しないとね。


今年はお天気がどうも今イチな中、ほどよくいい天気な日曜日。

リビング前の庭も緑いっぱい。(雑草もぼうぼうだけど)


ローマ片田舎なので、日本の食材を見つけるのはちと大変なので、オールイタリアンな献立となりました。

でもバジリコを買うのを忘れて、庭の鉢植えにぼうぼうなってるシソを使って、ちょびっと和風。笑

今度のおうちのキッチンは苦労したけど、大きい(広い)ので作業も本当ににしやすく、もっとちゃんと使い回さないとな。



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注 シソはイタリアでは自生してませんよー。毎年、鉢からいつのまにか芽が出てきて、放っておいてもどんどん出て来るんでございます。

種をつける前に、作年の引越のために鉢から撤去しちゃってたので、多分今年はもう出て来ないと思っていたけど、恐るべし生命力。いつのまにやら鉢分かれして今年は4鉢、シソに占領されてます。








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by viabellaitalia | 2018-06-12 20:11 | Comments(2)

LAMENTOSO

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LAMENTOSOとは、不平不満をよく言う奴である。

我が愛犬カルロくんも、よく不平不満を言う。


だめだってことをやらかすときも、叱ると、かならず不平の鼻を鳴らすのが、まるで悪ガキが叱られて「だってさー!!!!!」と口答えしている感じになる。


事務所でも、フンフンフン!と彼のマイ椅子にあげてくれだの(自分で上がれない)、ベランダに行きたいので窓を開けてくれだの、かなり意志疎通をしてくるコミュニケーションの達人ではある。


今年の夏は気温がそれほど上がらないのに、日本のように湿度が高く、じとじとべとべと嫌な暑さが始まった。

いつものような太陽がぎらぎらとかピーカンではないので、そんなに暑くないだろうと思うのだが、毛皮を来ている上に汗腺がないカルロにはかなり堪える暑さのようで、最近はお散歩中にいきなり前足をふんばって、立ち止まったかと思うと、いきなり横倒しになり、仰向けにころがり足をばたばたさせる。


もともと我儘、癇癪とも呼べるかもしれないが、「やだ! そっちの道行かない!」というときは、いきなり座り込むとかうつぶせに道にのびるというはあったけど、この仰向けバタバタまでは、あまりしなかったので、ちょっと心配。


毎回、彼がいきなり止まると、つい、いつもの我儘だろうと「ほらあああ! 行くよー!!!」とリードを引っ張るとこの仰向けバタバタをするんである。

見た目、非情なアジア人飼い主が犬を虐待している図になるので、勘弁して欲しい絵面です。


昼間だけじゃなく、夜風が気持ち良い夜の帰宅時間もこれをやるので、ほんとに読めない。




「暑いときは、出勤させるなよ。」と店長は言ってくれますが、アニマルセラピー部長カルロさんが、もうお昼休みの後半、やる気満々で出勤支度始めちゃって、だめって言うのが可哀想。


なので、なるべく涼しげな日陰の道を選んでの通勤路ですが、やっぱり暑いらしく途中で動けなくことも多々ある。


まだ外気温はそれほど高くないので、オフィスも窓を開けとくと、それほど暑くはない。

出勤するとまず、お水を飲んでその後はひんやりした床に腹這いになってお腹から冷え冷え。散々宅配のトラックに声をかけて遊び疲れた頃に、ふんふんふんふん、お昼寝用のマイ椅子に上がりたいと鼻を鳴らす。


はいはい。


いつもならマイ椅子の上でくるくると回ってグットポジションを見つけて寝入るカルロくんが、椅子の上からふんふんふん、くーんと鼻を鳴らす。


もー!!!! なに我儘いってるの? 今、椅子登ったばっかりでしょ?


そう。彼は椅子からは自分で飛び降りれるのに甘えたいときとかは、「マンマー、下ろしてー!」とやるんである。


もー!!!! うるちゃいよ、カルロ! と放っておいたら、店長が「カルロ! どうした!」


「呼吸が早くなってるよ! カルロ! 暑いのか?」


「日除けの雨戸閉めなよ!」


「エアコンつけてあげなよ!!!」


人間たちが右往左往。お犬様(カルロ)はマイ椅子に鎮座したまま、ハッハッハッハッハと舌を出して、確かにちょっと呼吸が荒い。


日除けも下げ、薄ぐらい部屋で涼やかなエアコンの風が吹き始めたら、カルロも静かになってお昼寝タイム。



実は、この日以来、カルロはマイ椅子の上からもこのクンクンふんふんをやるようになってしまった。

訳をつけると「暑いよ・・・マンマ、エアコンつけてくださーい!」である。







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by viabellaitalia | 2018-06-08 23:45 | Bau Bau Park | Comments(0)

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共和国建国記念日の前の日、ローマの上空にはイタリア空軍の飛行機が明日の晴れの舞台の練習をしていて、ときどき爆音が聞こえてました。



そう言えば、人の名前が最近覚えれない。


年? かもしれません。汗


高校生の頃、漢字の名前が覚えれず日本史が苦手で、反対にカタカナ名はすらすら頭に入ったのに。


イタリア人の名前がまず覚えれない。

名前は基本的にカトリックの聖人の名前がついているので、みんな同じような名前だけど、これは覚えれますが、苗字が無理です。

自分の携帯に登録してある友達たちも名前登録で苗字は、住んでる町とか、恋人の名前とか無理矢理差別化。

それじゃないとジョゼッペさんとかフランチェスコさんとか、同じ名前の人が一杯でどれがどれだかわからなくなる。


自分の周りの人でさえ、これですので、有名人とか政治家の名前になるともう無理。

そんな中でもベルルスコーニ元首相は、スキャンダル話題が豊富なので、忘れる暇さえ与えてくれないので、忘れないけど。


現大統領のマッタレッラさんも覚えるのに苦労したけど、その前のジョルジョ ナポリターノ氏が個人的にかなりやっかいでございました。

というのも、ナポリ出身の方をイタリア語ではナポレターノと呼びますが、ジョルジョ ナポリターノ氏はナポリ出身。

ナポレターノなナポリターノ氏ってなんか、もうひっかけ問題?


マテオ レンツィくんが首相だったときはいい。あまり聞かない苗字だったのと先にフィレンツェの市長としてよく耳にしていたので、なんとか。


ところが今回は、5つ星運動のディ マイオさんと北部同盟のさ・・・・・サルビーニさん。ほら、このサルビーニでつまづいてるし、私ったら。

だって・・・・・私が住むラツィオ州の北の方にオリーブオイルDOPの生産地域があるんですが、これがサビーナと言いまして、サルビーニとサビーナがね、こんがらがっちゃう。


この連立政府の組閣に最初、大統領のマッタレッラが、まった! 経済相の人選がだめ!とだめ押しを出された方が、パオロ サボーナ氏。


やばい・・・・・サボーナ、サビーナ、サルビーニ。。。。なんかごっちゃごちゃ。


テレビやラジオ報道を聞いていて、「〇〇 コンテがマッタレッラ大統領に提案していた組閣案にダメだしで断念」と数日前に聞いたとき、このコンテという苗字、イタリア、結構多く友人にもいますし、イタリアの芸能界で、超有名司会者さんにもコンテさんがいます。

まあね、有名司会者のカルロ コンテさんなわけないけど、コンテと聞くとどうしても司会者さんの名前と顔が頭に浮かんでしまう。

そんなところに、コンテさんが組閣を断念し、マッタレッラ大統領から暫定的に首相に任命された方がカルロ コッタレッリ。


ここで私の頭の中ではカルロつながりで、カルロ コンテとカルロ コッタレッリがつながってしまい、しかも、コッタレッリが覚えれず、コトレッタ!(ミラン風かつ)と読んでしまい、イタリア人の同僚たちの笑いを取ってしまっていた。


木曜日にコトレッタもといコッタレッリさんが、いやいあや、、無理です。降ります。ということを表明したのは耳にしていたが、それどころじゃないぜい!と日々の諸事に謀殺されつつ。


6月2日の共和国建国記念日のパレードを例年のごとくテレビで見ていたのだが、実は、ちょっと個人的に、このパレードむかつくことがありまして。

パレードを飾る人たちにですね、ひとり、わたしの人生から数年前に消しちゃった方が出るので、早々に消しちゃったんですね。

テレビを消すほんのちょっと前に「あ、コンテ氏がいます。」というのは聞こえていた。


が、このとき、私の頭の中では有名なテレビ番組司会者のカルロ コンテの日焼けした顔が浮かんだだけで、それが連立政府の新首相 ジョゼッペ コンテだとは気がつかなかったわけで。









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by viabellaitalia | 2018-06-05 00:44 | イタリア広場 | Comments(0)