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現在VIA BELLA ITALIA全スタッフ、12月の繁忙期を乗り切るべく頑張っております。
例年にない多くのご注文、本当にありがとうございます。

しかし、こんな繁忙期に、ここってヨーロッパ。日本じゃないのよねーと痛感する日々でございます。
大人気の某ブランドの腕時計を扱う取引先、突如、現在棚卸し中!!!! って、なんでこんな時期にやるの????? と在庫確認さえできなくなるし。

「クリスマスに届きますか?」
「24日までに着で」
「20日には必着で。彼女,、彼氏へのプレゼントなので」
「ギフト包装お願いします。」この時期なのでやりますが、通常は有料サービスです。
「配送時間帯指定できますか?」 国際便はできませーん。

はい、お届けしたいのはやまやまなんです。
今年は9月の台風、北海道地震の後から日本税関の動きがおかしく、無駄に遅い。
ホームページを見ても、特別遅延の情報などはないので、そのうち治るだろうと思ったのは甘かった。
そのまま、年末の混乱期へ突入いたしました。汗
11月の中頃に送ったものから、順々にお届けまでの期間がのびのびー。。。。。。

あああ、なのに!
日本のお客さまは日本税関の裏側がすっごいことになっているだろうなんてことは知らないので、
「クリスマスに届きますか?」

無理っぽいです。。。。。

しかも、ほぼ100%、お急ぎというお客様は国際EMS便をお選びいただいているようなんですが、郵送ですので、税関の作業次第です。

スピード便としてオプション設定しています国際宅配便ですと、自社内に通関部があるようですので、この日本税関の遅延を避けることはできると思います。

ですので、お急ぎの場合、どうか、どうかスピード便をご指定くださいませ。
4,500円追加でかかりますが、その価値ありです。
発送から48時間、72時間ほどでお手元に届きます。箱の扱いも郵送に比べると丁寧です。

ちなみに現在EMSは発送から、お届けまで2週間ほどかかっています。
さらに、しっかりクッション材を入れて厳重に梱包したダンボール箱でさえ、これって誰かエルボードロップかけた?ってなことになります。

無理ですとさりげにお伝えすると「できるだけ頑張って早く届けてください!」ととってもポジティブなお返事をいただきましたので、頑張れるものなら頑張りたいと思います!!!!! が、私が頑張っても早くはならないんです。
無力でごめんなさい。

税関も正直に、9月の台風でこれこれの被害を受け、現在通関作業に大変な遅延が発生していますとかなんとか言ってくれればいいのにな・・・・・・。







最後までおつきあいありがとうございます。Grazie per la visita!



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by viabellaitalia | 2018-12-12 03:18 | Comments(0)


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イタリア語で何?と言う意味のCosaと言う名前を持つ古代ローマ都市。
Antica città romana 古代ローマ都市とここでは呼びますが、紀元前273年に作られた多分、エトルリアの人もローマ人も混在して住んでいたであろう、ラテン法でローマ市民と外国人の間、どちらとも言えないグレーゾーンの町だそうでございます。
名前のCosaと言うのも、今でこそイタリア語の何?ですが、多分エトルリア語起源ではないかと。
多分、多分・・・・・・って、この町に発掘もまだまだ、これか。調査も・・・・・いつになるんでしょう?なくらい謎がいっぱいなんです。

この町は共和制、帝政ローマ、さらに中世まで続いたのに、最後には人口減少により捨てられ、、すっかり忘れ去られたまま、ずっと森の奥にひっそりと存在していたそうです。第二次世界大戦の時に、この町を発見したのはドイツ軍。高台の神殿が立っていた場所が、海に向かって開けているために、偵察に非常に適していたため、戦略起点として使われたそうです。
戦後すぐに始まった発掘調査はローマのアメリカンアカデミーが担当をしたようで、なにせイタリアは他にもいっぱい発掘調査を待つ場所もあるし、有名どころのポンペイなどにどうしても優先順位が行ってしまって、地方の遺跡は後回しのまま、これまた忘れ去られるんですよね。汗

さて、入場チケットを買い、管理事務所を出てすぐに古代ローマ時代の屋敷跡がある。
「ここはスケルトンの家と、私たちは呼んでいます。なぜスケルトン(骸骨)かと言いますと。。。。」とガイドさんが、説明を続ける合間に、なぜか私の顔をまじまじと見る。

「すみませんね。遺跡の発掘調査もあまり進まない中、人が勝手に入っちゃわないように、とりあえずで柵付けちゃって、見にくいかもしれませんが、中央にローマ時代の家の典型でもある中庭だったスペースがあります。」





指し示す場所に視線を向ける。

「中庭には井戸がありまして、調査の時に、そこから人骨が出たんです。


「なぜ、そんなところから人骨が出たのかの調査も、まだなんですけど、現時点でわかっているのはこの骨は・・・・・東洋人らしいんです。



古代ローマ都市の遺跡に東洋人の骨?????????



と、ここで改めてガイドさんと私の視線が重なっちゃったり。笑

「なにせ予算がなくって、発掘も調査も全然進まないので、はっきりとしたことは、まだわからないんんですが、事故で落ちたとか言う感じでもなく、この家は紀元前90年くらいに建てられ、紀元前70年ごろに、火事か何かで消失しているようなんですが、この人骨も同時期に井戸に埋葬されたようなんです。」

最初は、多分マフィア絡みの殺人事件かと思ったけど、なにせ何世紀も忘れ去られた町の中の一つの家の井戸の中。2000年分の土が重なり、その上に森に浸食されてた訳だし、さすがに現代の殺人事件というものでもなさそうです。

それにしても、共和政ローマ時代の町に東洋人????????

えーーーーーーーーーーーーーー!!!!!と思うけど、当時すでにローマの上流階級の人たちはアジア産のシルクを着ちゃったりしてたので、交易の中でアジアからこんなに遠くの国まで来ちゃったのかしら?

ちょっと時代は違うけど、カトリックの聖人、アッシジの聖フランチェスコも、確か、お父さんが絹織物の商人で買い付け先のフランスで妻を迎え、イタリアに連れて帰って来た。という例もある。
だから生まれた息子はフランス人という意味でフランチェスコということをどこかで読んだ記憶がある。
聖フランチェスコさん、実はハーフなんですね。


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水道設備



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まあ、それはさておき、スケルトンの家の人骨は男性だそうです。
時代は、もっともっと便利になってからではあるけど、私の母方の祖父も若い頃はブイブイ・・・・じゃなかった、世界を回ったそうで、ベネツィアのコーヒーは美味い!というのが口癖だったらしい。

この人骨も2000年以上も前の逆マルコ・ポーロ、冒険家だったかもしれませんね。
早くちゃんと調査が進んで、こう行ったミステリー明らかになってほしいですね。


本当にこうした小さな地方に分散する遺跡は発掘調査の予算がなく、管理も難しいのが現状です。
ここの公園管理の園長さんが一人で発掘調査の資金繰りに奔走し、毎年1、2ヶ月ほどフィレンツェ大学の学生さんたちが発掘作業をしているそうで、公園のあちこちに「この夏、掘ったところ。でも調査はこれから、来年また再開です。」な場所ばかり。汗
公園内を案内してくれた方は、本当はガイドではなく、警備の方だそうで、8月のバカンス最盛期、当然ガイドさんたちも交代でお休みを取る時期、予算節約で警備の人も即席ガイドさん。
「すみませんね。学がないもんで、ちゃんとお伝えできるか・・・・」なんて恐縮してたけど、毎日働いている場所ですから、ガイドさん並みによく知っていらっしゃる。
またガイドさんとは違う、公園運営の観点も交えて案内してくれて、興味深い話も聞けたと思います。

「ここみたいに小さく、ポンペイのような華々しさもない遺跡は予算がつかないので、調査どころか、荒らされないように守るのでさえ大変なんです。園長が時々予算を取ってくる以外は、入場チケットが主な収入なんです。でも、これがね、時々グループだから負けてくれって値切られちゃうんですよ。たった2ユーロのチケットを値切られちゃうと、本当に経営苦しんです。」

そりゃ、そうだろうよ。汗

「どうか、コーザのこと広めてください。コーザのこと忘れないでください」警備兼ガイドさんの最後の言葉が忘れられない。








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by viabellaitalia | 2018-10-25 00:54 | Comments(0)

ヴェネト州のプーリア王

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Photo by https://www.panorama.it




ドロミテからトスカーナに帰る日「レディプーリアに行きたいんだけど・・・・いい?」とピサーノ氏。

Re di Puglia?

「Re di Pugliaじゃなくって、Redipugliaだよ。」

というのもRe di Pugliaと書くと プーリア王という意味になる。
南イタリアのプーリアに王さまなんていたっけ?????

「そういう地名で南イタリアのプーリアとは関係ないんだよ。第一次世界大戦の戦没者が祀られている記念墓地があるんだ。」

せっかく近くだし、行ったことないからと。
私もこんなに北のイタリアに来たのは初めてですから、どうぞどうぞ。お供いたします。

それにしても涼しい、いや寒いとも言えたドロミテの温度に身体が慣れちゃって、下界のヴェネト州が、もうめちゃくちゃ蒸し暑い。どうやらこの日は40度近くまで気温が上がっていたらい。

レディプーリアの戦没者記念墓地までGoogleナビでたどり着いたら、すっかりお昼ご飯時間。
じゃあ、まず腹ごしらえと入った食堂で、たらふく、しかも白ワインもいっぱい飲んじゃったのが、この後の敗因となってしまうなんて、この時は思いもしなかった。

お腹ぱんぱんだったので、広い敷地内、しかも小高い丘の斜面を使った記念墓地を歩き回るとほどよくお腹がこなれるね。なんて思っていたのが仇になりました。

なんと正門から入ろうとしたら工事中なのか、ぐるっと網がめぐらされちゃって入れない。

「せっかくここまで来たのに、嘘だろおおおおおお!!!!」となんとピサーノ氏、正門横の茂みに入り込み突破口を探そうとする。

こんな暑い日にまじかよ。

しかも横の茂みの下は線路が通っていて、いきなりがっつり崖でございます。
おいおい、無理だって。

無理だよ。帰ろうよという私に背を向け、すたすた歩き始めるピサーノ氏。
こらこらどこ行くんじゃ!

なんとそこから数百メートル離れた駅に入り込み、ホームを超え、駅裏の土地から記念墓地の方向に戻り、森の中に入って突破口を探す・・・・・・。

お願い、こんなところでサバイバルトレッキングしないでええええええええ!!!
森の中の丘を越えて行こうする彼に、「私、ここで待ってるから、行って来て」と匙を投げる。

ええええええ、そんなこと言うなよ。行けるよ、大丈夫!

って行けません。行きたくない。怒

と住宅街の外れの森の中で押し問答。諦めた彼が「グーグルマップでどこか、中に入れる道探してくれない?」と言うので、探してみると墓地の頂上付近に記念堂の教会があるようで、これが裏門になっているようである。

よし!とピサーノ氏、今度はまた数百メートル戻って正門前に止めた車まで戻り、裏門にまで車で登る。

が・・・・・教会からの裏門も工事用のネットが張られていて、記念墓地には全く入れない。
かといって、中で工事しているようには見えないところが、The イタリア。
多分、維持するのに、または管理の人員を割けないので閉鎖している感じである。

「今日はついてない!」と言うピサーノ氏に、仕方がないよ。またいつか来ようよと言ってみるも、聞く耳持たん。
なんとか入れないか裏門の周りも歩いてみるも突破口なし。
そうこうしているうちにである。。。。いきなりピサーノ氏、工事用の簡易バリケードを動かしちゃって、するっと隙間から入り込んじゃったわけで。汗

ちょ!!! そんなことして、入っちゃったらダメでしょー!!!!!
「おいでよ。君に見せたいイタリアの歴史の1ページなんだよ。」と言われて、小心者の日本人はびくびくもので入り込む。

記念墓地なので、きっと管轄は軍だもの、不法侵入しちゃったら捕まっちゃうでしょー!!!!とドキドキもんであるが、ピサーノ氏はまるで、彼の友人、彼の先祖のお墓にお参りに来たみたいに感動しちゃってる。
ねえ・・・・・ドロミテの山のどっかで、何か拾って来てないよね? 滝汗



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内緒の一枚 汗




記念墓地はひらけた小高い山の斜面一面を使って作られたもので、ローマのエウル地区のファシズム建築様式に似ている。
実際、完成式にはムッソリーニも出席したとある。
山の斜面の全面にまるで、大階段のように並ぶ白い大理石の墓標は100,000基。
裏門の教会には、さらに40,000人の無名の戦没者たちが祀られている。
合計で140,000名。 イタリア北部にはここのような第一次世界大戦の戦没者を祀る記念墓地が各地にあると言う。
ピサーノ氏、実はその昔、士官学校に通っていた経歴があり、この記念墓地は特別な思いがあったようで、どうしても、どうしても、ここまで来たからには見たかったらしく、帰り際に墓地に向かって敬礼しとった・・・・・・。汗

それにしても・・・・・暑い。日陰がどこにもない上に白い大理石の照り返しで、気分はフライパンの上である。
8月の太陽がさんさんと照りつけ、無性に喉が乾いて来た。

そろそろ帰ろうかと車に戻るが、さて、帰り道がわからない。
来た道を戻るのもと、わざと反対方向にハンドルを取ると、なんと記念墓地の丘の裏側は、当時の戦場跡だそうで、ポツンと標識は立っていたけど、きっとほとんどの人が知らないのではないだろうか?
実際、見た目も保護柵も何もない、ただのだだっ広い原っぱである。

嬉々と車を降り、原っぱに入り込むピサーノ氏の後を追う。
大戦時の塹壕跡を見つけ、その中を歩く。
100年前、この狭いくぼみの中を兵士たちが行き来していたんだろう。

日本も第一次世界大戦には参戦しているが、遠い地の戦いで、日本の国内には戦場跡などはない。
生まれて初めて見る塹壕や戦場跡の、ざわざわした感じにジトーっと汗が出てくる。
喉が乾きすぎて、飲み込むツバさえない。

実はお昼にワインを飲みすぎた状態で、暑い中を動き回ったため、この時、熱中症になりかけておりました。
この後、ダッシュでバールに駆け込み、スポーツドリンクを爆飲みして、生き返りました。



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暑さでやられた、連れてこられた宇宙人。







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by viabellaitalia | 2018-10-12 00:59 | Comments(0)


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ドロミテ街道の始点 コルティーナ ダンペッツォ。
「ドロミテの女王」と呼ばれる山あいの街です。

「ドロミテの女王」と呼ばれるようになったのは、今は風化で消えてしまったそうなんですが、ドロミテ街道のトンネルの中に「やあ、コルティーナ 、君はドロミテの女王だ。」と第一次世界大戦中の無名イタリア兵士によって書かれた文字があったそうです。

きっと、「Ciao Cortina, sei la regina di Dolomite」って書かれてたのかな?
というのも、この町の観光インフォメーションには、なんと日本語が堪能なイタリア人スタッフ、日本語アシスタントさんが常駐しているそうで、日本語のガイドブックをいただいたんです。その中にこのお話が書いてありました。
こんなところまで、日本人観光客が来るのかな?とも思ったけど、最近ではリピータさんが、日本ではまだそれほど宣伝にされていない小さいけど、素晴らしい街をどんどん発見して訪れていますよね。
イタリアに住んでいる私たちより日本にお住まいの方の方が、すっごい情報通ということも多い昨今です。
この日もラガツォイからコルティーナ に行く途中のバス停に、先日、チベッタ岳の山小屋でお会いした「ゆっくり時間をかけてドロミテを回っている」と言っていた日本人男性がいました。

この辺りは、ドロミテスーパースキー場のエリアでもあるので、冬には日本のみならず、世界中からセレブさんたちもバカンスにくるそうで、町のメインストリートは、ローマのスペイン広場界隈よりエレガントな高級ブティックが並びます。



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薬局が入っている建物も横がこんな感じ。





教会も外観がローマのとは全然違う様式で、ヨーロッパを感じさせます。
イタリアもヨーロッパですが、ローマあたりになると、いや、ここ、ヨーロッパじゃないでしょ?という雰囲気なんです。
イタリアの政党、北イタリア同盟さんが「ローマから南は切り離したい!」と昔、よく言っていましたが、気持ちはわかる。笑

この辺りはイタリア国内なのに、オーストリア、ドイツな雰囲気が味わえるます。
家々の窓辺にはゼラニウムが飾られてるし、スイスに行かずしてハイジの世界です。

ローマでは、ゼラニウムはこんな元気に大きくならないんです。
10年ほど前にアフリカから入ってきた害虫、蝶なんですが、幼虫が根を枯らせてしまうので、こんなに見事に育たないんです。
アフリカ産の蝶ですから、さすがに北イタリアのこの辺りまでは、まだたどり着いていないんだろうな。
ってか、寒いか。(納得)

チロル風と呼ばれるように家の壁も色彩豊かに描いた描かれてるし、落書きもない。

でも、そんなすんばらしい風景の中、私の心をゲッチューしたのは、聖フィリッポと聖ヤコボ大聖堂 (Basilica dei Santi Filippo e Giacomo)の横にあるこの像でございました。。。。。。。



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by viabellaitalia | 2018-09-21 00:17 | Comments(0)

1年が経ちました。

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現在。。。。

そして、1年前。
カルロの顔も不安げ。


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気がつけば、新しいお家の鍵をもらったあの日から1年が経っていました。
大困難、大騒動の末のお引越しはその間にも新たな問題が浮上したり、噴き上がったりで、消化しきれていないうちに、1年が経っていたということの方がびっくり。
苦しい思いも、悲しかったことも、脳卒中起こしそうなくらい怒ったことも、もう1年経ったんですか? というのが正直な気持ち。

選択を間違えたか?という思いに苛まされ、まあ、じゃあ修正すればいいやと思い、修正案、解決策を探しているうちに1年。




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1年前、現状打破のための、一歩前進のための引越しだったんだけど、達成感もなければ何か前進したとか、得たという手応えがない。
多分、自分が期待していた成果がまだ出てない、自分が期待していたレベルまで、到達していないから、達成感がないのかも。

これは、これでいかん。とも思う。
1年、365日。色々、いっぱい頑張ったし、何かは得ている。。。。はず。
とポジティブな視点で、1年暮らしたお家を眺める。

えっと・・・・・
まず、今のお家はカルロが時々走り回るお庭がある。

DVDを見ながらストレッチをするときも、今度のお家は充分なスペースがあるので、前のように家具を蹴ってしまうなんてこともない。



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大家さんが持って行ったエアコン痕は新聞紙を詰めただけだったので、
漆喰を塗り埋めて、色も塗っちゃったもんね。


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ボールの取り合いっこで、カルロでさえ、息切れを起こすほど、ぐるぐる走り回るスペースもある。
組み立てに2ヶ月以上かかり、本当に泣かされたキッチンは、出来上がると、広く使い勝手が良く、お料理するのがとっても楽だし。組み立てに苦労しただけに愛着もある。
私は日曜大工は嫌いであるけど、やらなきゃいけないときは、まあ、少しはできるという自信もついた。

器が変わると暮らしも変わるというが、確かに、最近では将来のお家、引越しを考える時、今のお家を基準に考えている自分に気がつく。
そして自分には何が本当に必要なのかも、ちょっと見えてきた。

1年前の自分にはなかった基準、物差しを持ち、そして確かに、物事の見方が変わったのは、大きな前進であったと思う。
この経験だって、決してマイナスではないはずである。
いや、何かに役立てていかなきゃ。

フェイスブックで上がってきた1年前の出来事、鍵をもらって希望と不安を抱えながら、引越し前の大掃除をした日の写真を見て、ふともう一度立ち止まって、自分の立ち位置を確認したくなった。








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by viabellaitalia | 2018-09-12 01:44 | Comments(0)

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ローマ以南のイタリアしか知らない私、今回の始めて、ベネト地方の上に行って来ました。
ここまで来たから、せっかくだから州に越えて、トレンティーノ、アルト アディジェ行くよ!とつれて行ってもらった町はカナゼイ。 Canazeiと書きますが、日本ではカナツェーイの方が知られているのかな?

トレンティーノ アルト・アデイジェと言えば! 大好きなカンティーナがあるところ162.pngとしか、前情報がなかったあたくし。行って見てびっくり。

ここは・・・・・・どこ?




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「ほら! 見てごらん、まさに南チロル地方の伝統的な建築様式だろ?」と言われて、そうかー!!! ここが噂の南チロルなんだ!

オーストリアのチロル地方とアルプスを挟んで南側の地方を南チロル地方と呼ぶんだそうで、ここは第一次世界大戦まではオーストリア領でございました。
ベネトのベルーノ地方に入った途端、道路標識もドイツ語表記との二重表記で、南イタリアしか知らない私には、もう外国でございます。




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大好きなワイン名もドイツ語っぽくって発音出来ません。

ドロミテ地方のこの辺りの木造のお家の飾りがすごい。
この地方の木工職人さん達、すごいだろうな・・・・・・・・と変なところで感心しちゃいました。

南イタリアの石造りの家、大理石の飾りしか知らなかった私には、この木のお家というのは、ものすごく異質で外国、ヨーロッパに来たぞーと気持ちが上がりました。









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by viabellaitalia | 2018-09-10 20:29 | Comments(0)

ドロミテ時間

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トスカーナからドロミテへの出発がすっかり遅れてしまい、ホテルに到着したのは夜8時前。

チェックインをする間に、夕食をサーブするレストランホールから美味しそうな香りがする。

朝食時間と場所を説明してくれるフロントのおばさまにピサーノ氏がすかさず、「夕食はここで取れますか?」と尋ねる。




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木の使い方が北海道っぽい



うん、確かにその日は朝早くから色々用事を片付けたり、長旅もあり、できればホテル内でゆっくりご飯食べれたら、楽かもね。

「厨房に聞いて見ますが・・・・今日は結構予約が一杯なので」と結局空席なしで、近所の美味しいレストランを紹介してもらった。

「徒歩で10分ほどです。ホテル〇〇からの予約だと言えば、わかりますから。ただ、もう8時過ぎてますので、お急ぎください。」

へええええええ、今日はこの町のレストランは大繁盛なんだ。8時過ぎでもうどこも満席なんだ。と、道産子ロマーナは単純に思った。



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ワンプレートメニューで色々試せて美味しい
ポレンタはお約束。焼きチーズ(わーい、ハイジの世界)
きのこの炒め物。
子ヤギのミニステーキ
うさぎさんの角煮などなど。


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そして、デザートといえば、ストゥデル! うまうま!



ホテルから予約してもらったレストランは、本当に何を食べても美味しく、確かに席も満席。
でも、まだ8時なんだし、2回転、3回転目のお客さんだって入ってくるだろうに。
そんなにお腹も空いていなかったので、正直、2回転目の9時半とか、10時ごろでも私的には全然問題はなかった。
どだい、うちは普段ならガッツリ南イタリア時間で、お昼は2時から。夕食は大体夜10時である。

実の日、さあ、今日はチベッタ岳に行くよ!と張り切るピサーノ氏。
フロントに鍵を預ける時に、「今日は遅くに戻ってくるので、夕食の予約を先に入れたいんですが」

「かしこまりました。2名さまですね? 夕食時間は7時半から8時半です。メニューをお知らせしますので、ご希望のものをチェックしていただけますか?」

って・・・・・夕食時間早くない???????? と思うのは、えせロマーナの私である。


この日の「チベッタ岳に行くよ」の行くよはトレッキングではなく、マジな登山で、しーかーも、後で聞いたら、初心者用のコースではなく、ちょっとエキスパート用だった下山ルート。もう本当に泣けた。

しかも、途中で我がジモティー兼ガイドのピサーノ氏まで足を痛め、行きは良い良い帰りはマジ怖い のそのまま、下山に6時間かかり、やっと民家があるあたりまで山を降りたのが夜9時近く。あたりは真っ暗。

「・・・・夕食逃しちゃったね。」

が私たちの下山第一声である。とほほほ。
ひとまず、携帯の電波が届くところにたどり着いてから、ホテルには夕食には間に合わないことを伝えた。

下山した場所は町外れで車を止めてあるところまでは、まだ5kmほどある。ピサーノ氏が開いてるバールに入って、タクシーを呼べないか聞いている間に、外人の私がホテルに、今、下山したので夕食はキャンセルしたいと電話を入れたので、最初ホテルの方はどうやら、外人のあたくし、山の中で遭難したと思ったらしく、すわっ!!!とばかりに「シニョーラ! 大丈夫ですか???」と折り返し電話までいただいた。

残念ながら5kmほどの道のりではタクシーは来てくれないそうで、10時間以上の登山でヘトヘトの足を引きづり、車を止めてあるところまで歩く。

車を止めた場所の真ん前に、程よく「ビールとドイツ風ウィナー」と大きく書かれたビアホールがあったので、此れ幸いと食いっぱぐれた夕食はここだ!とレストランに入る。

「2名ですけど、席ありますか?」

「すみませんねー、もう営業、終わりなんです。キッチンもうオーダー終わってて。」


え? キッチン終わりって?と時計を見たので、時間をよく覚えている。 9時26分である。

9時半前にオーダーストップってビアホールで?????????????????????????????



ローマでは、8時前にピザ屋に行ったら、怒られます。
まだ釜に火いれてないとか、火入れたばっかりで焼けないとか、怒られます。
確かにレストランで夜11時過ぎに行くと、嫌がれるけど9時半で閉めたって・・・・・・・・・

アンビリバボー・・・・・・・・・

こういう時、イタリアにはコンビニがないので困ったことになる。

あああああああ、ドロミテ時間。宵っ張りには厳しい。。。。。。

ホテルの夕食は3日目にしっかりリベンジいたしましたが、8時前にはレストランに降りた良い子のあたくしたち。



ちなみに、ドロミテからトスカーナに帰った日も、交通渋滞を避けていたら、すっかり、とっぷり日が暮れて、
「夕食、どこかで食べて行こうよ。」と近郊のサン ミニアートという町へ寄ることにした。

夜も10時近くの町の道は、夕涼みの散歩をする人で溢れている。
これはドロミテでは見かけなかった光景である。

サンミニアートのレストランのドアを叩いたのは夜10時。

「2名ですけど、席ありますか?」

「こちらの席か・・・・・あちらか、どちらがいいですか? 今すぐテーブル整えますね」と前のお客さんの後をさっと片付けるウェイトレスさんであった。








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by viabellaitalia | 2018-08-31 01:17 | Comments(0)

今日から再稼働です

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無事バカンスからみんな戻って来て今日から再稼働のVIA BELLA ITALIAです。

この夏はすごい大冒険しちゃいました。
ドロミテにトレッキングしに行こう!と大張り切りでございましたが。。。。

登りはね、鉄の丘に住んでるだけあって、5時間ほどかけてで写真の山の中央の白い部分、標高2700メートルほどの雪渓が溶けたゴロゴロ岩なところを横断し、 すぐ下の森の天辺から、死にそうになりながら下山したら、夜9時ちょい前でございました。

途中雨は降ってくるわ、足元滑るわ、足場がない崖っぷちをロープを握り締めて降りるとか。。。。体育会系じゃない私はもう10年ほど命が縮む思いでございました。滝汗

すっごい景色は良かったけど、下見たら落ちると、下山の写真は1枚もない。笑
頭の中で「ドロミテで日本人滑落」と新聞沙汰にだけはなりたくないと、ひたすらその一念で生還いたしました。(大袈裟だけど、真面目に危なかった)

今回 Macもバージョンアップさせるべく、バカンスに出していましたが、新しいOS を載せて戻って来たら。。。。OS Yosemiteだそうでモニターの写真が。。。。。まさに山。汗

なんかトラウマになりそうです。


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by viabellaitalia | 2018-08-28 02:49 | Comments(0)

ありがとうのランチ

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やっと、この週末昨年の引越の時に本当にいろいろ手伝っていただいたお友達をおうちランチにお招きできました。

100以上あったIKEAキッチンの部品の段ボール箱や袋を持て途方にくれてたときに、すぐローマから駆けつけてくれたお二人。


各引き出しは自分でも組み立てれたけど、全体を組み上げていくのは、もう全然不可能。私のキャパを超えた作業で泣けました。IKEAの組み立てサービスをやっぱり頼もうと思ったら、


「お客様、もう箱を開けて多少は組み立ています? それで私どものサービスはいたしかねます。」とか

もう無理! 木工職人に組み立てお願いしようと思ったら、どこも仕事が一杯で、1ヶ月ほど待ってくれたら・・・・なんて待てない。


台所が組み上がらないから、ガスもない。水も出ない。食器洗いはトイレの洗面所 号泣

3度の食事はまじ外食。


そんな状況で、失意のずんどこだったところに、何度もローマからやってきてキッチン組み立てを手伝っていただいたお二人に、キッチン、おかげさまで使えてます!とお披露目しないとね。


今年はお天気がどうも今イチな中、ほどよくいい天気な日曜日。

リビング前の庭も緑いっぱい。(雑草もぼうぼうだけど)


ローマ片田舎なので、日本の食材を見つけるのはちと大変なので、オールイタリアンな献立となりました。

でもバジリコを買うのを忘れて、庭の鉢植えにぼうぼうなってるシソを使って、ちょびっと和風。笑

今度のおうちのキッチンは苦労したけど、大きい(広い)ので作業も本当ににしやすく、もっとちゃんと使い回さないとな。



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注 シソはイタリアでは自生してませんよー。毎年、鉢からいつのまにか芽が出てきて、放っておいてもどんどん出て来るんでございます。

種をつける前に、作年の引越のために鉢から撤去しちゃってたので、多分今年はもう出て来ないと思っていたけど、恐るべし生命力。いつのまにやら鉢分かれして今年は4鉢、シソに占領されてます。








最後までおつきあいありがとうございます。Grazie per la visita!



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by viabellaitalia | 2018-06-12 20:11 | Comments(2)

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買付の仕事でときどき、ブランドや、限定もののショッパー、ショッピングバックなどを探すことがある。

以前、お探ししたのはミラノのスカラ座内ショップでの限定ショッピングバック。

オペラの演目の楽譜が素敵なデザインで印刷されたもので、さすがミラネーゼというおしゃれバックだったっけ。



まちがいなくおしゃれなブランドもの以外にも、イタリアのスーパーのショッパーがお土産や、機内手荷物をまとめるのになかなか優れものだと言う話も聞いた事がある。

ビニールを編んだ素材の物が多いので、水をはじくしかなり頑丈だし、もともとお買い物バックなので、お安い。


私がイタリアに来た頃は、まだこうしたスーパ-の頑丈ショッパーがなく、お会計時に「袋いる?」とか「袋ください。」の会話で確か、当時は50セントだった。

その後、本格的にスーパ-のビニール袋を廃止するという話になり、各スーパ-で広告もかねて様々なショッパーも販売されるようになった。

お値段は素材によって1~2ユーロあたり。


お安いし、すごい頑丈で、作年の秋の引越にはスーパーのショッパーが大活躍したのである。

段ボールより物が入るし、ハンドルがあるので、持ち運びやすいのよん。

ちなみに引越に超重宝したのはIKEAのショッパー 爆 ショルダーストラップもついてますから、えいや!と肩にしょえる。


先日、ピサーノ氏が可愛いショッパーを持っているのを見て、「あれ、それ可愛いね。」と言ったら、「じゃあ、あげる。」ともらっちゃったショッパーには大きく、ピサと書いてある。


多分、ピサの斜塔や、ドウォーモだよね? なポップなイラストもついてて、あら、ご当地ショッパーかしら?


底のマチもちゃんとしてて麻素材。便利だし可愛いかもと鉄の丘のスーパーで使おうと思ってバックから取り出して、気がついた。


ピサショッピングバックは・・・・・・・コープの袋であった。


コープは、コープでも鉄の丘のコープとはグループが違うコープ フィレンツェのショッパー。

コープ フィレンツェだけど、思いっきり「ピサ」なショッパー。


これは、これで、実はかなりすごいことだと思うけど、それにしてもローマの片田舎でピサなショッパーは浮きまくりです。


実は、あたくし、これ以外にもご当地ショッパーを持っています。

同じくローマ片田舎のオレーバノと言う町のもの。当時、その町にお住まいだったお友達からいただいちゃった「I LOVE オレーバノ」バック。


これもね、鉄の丘で、しかも日本人の私が持って歩くと、浮く浮く 笑


でも、これかなり可愛いお土産品になると思います。だってご当地限定だし、まじにMade in Italy 笑


そのうち、フィレンツェのグッチ美術館限定のショッパーと肩を並べる日が来るかも。








最後までおつきあいありがとうございます。Grazie per la visita!



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by viabellaitalia | 2018-04-25 00:43 | Comments(2)