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ドロミテ街道の始点 コルティーナ ダンペッツォ。
「ドロミテの女王」と呼ばれる山あいの街です。

「ドロミテの女王」と呼ばれるようになったのは、今は風化で消えてしまったそうなんですが、ドロミテ街道のトンネルの中に「やあ、コルティーナ 、君はドロミテの女王だ。」と第一次世界大戦中の無名イタリア兵士によって書かれた文字があったそうです。

きっと、「Ciao Cortina, sei la regina di Dolomite」って書かれてたのかな?
というのも、この町の観光インフォメーションには、なんと日本語が堪能なイタリア人スタッフ、日本語アシスタントさんが常駐しているそうで、日本語のガイドブックをいただいたんです。その中にこのお話が書いてありました。
こんなところまで、日本人観光客が来るのかな?とも思ったけど、最近ではリピータさんが、日本ではまだそれほど宣伝にされていない小さいけど、素晴らしい街をどんどん発見して訪れていますよね。
イタリアに住んでいる私たちより日本にお住まいの方の方が、すっごい情報通ということも多い昨今です。
この日もラガツォイからコルティーナ に行く途中のバス停に、先日、チベッタ岳の山小屋でお会いした「ゆっくり時間をかけてドロミテを回っている」と言っていた日本人男性がいました。

この辺りは、ドロミテスーパースキー場のエリアでもあるので、冬には日本のみならず、世界中からセレブさんたちもバカンスにくるそうで、町のメインストリートは、ローマのスペイン広場界隈よりエレガントな高級ブティックが並びます。



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薬局が入っている建物も横がこんな感じ。





教会も外観がローマのとは全然違う様式で、ヨーロッパを感じさせます。
イタリアもヨーロッパですが、ローマあたりになると、いや、ここ、ヨーロッパじゃないでしょ?という雰囲気なんです。
イタリアの政党、北イタリア同盟さんが「ローマから南は切り離したい!」と昔、よく言っていましたが、気持ちはわかる。笑

この辺りはイタリア国内なのに、オーストリア、ドイツな雰囲気が味わえるます。
家々の窓辺にはゼラニウムが飾られてるし、スイスに行かずしてハイジの世界です。

ローマでは、ゼラニウムはこんな元気に大きくならないんです。
10年ほど前にアフリカから入ってきた害虫、蝶なんですが、幼虫が根を枯らせてしまうので、こんなに見事に育たないんです。
アフリカ産の蝶ですから、さすがに北イタリアのこの辺りまでは、まだたどり着いていないんだろうな。
ってか、寒いか。(納得)

チロル風と呼ばれるように家の壁も色彩豊かに描いた描かれてるし、落書きもない。

でも、そんなすんばらしい風景の中、私の心をゲッチューしたのは、聖フィリッポと聖ヤコボ大聖堂 (Basilica dei Santi Filippo e Giacomo)の横にあるこの像でございました。。。。。。。



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# by viabellaitalia | 2018-09-21 00:17 | Comments(0)

WW1って?

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ラガツォイで出会った語り部オーストリア兵さんの話を聞いて、もう少しイタリア人が偉大な戦争 Grande Guerraと呼ぶ第一次世界大戦のことを、イタリア側の観点で、知りたいと思う気持ちを新たに、山を降りる。

「コルティーナ ダンペッツォの街に行く前に、ここから2kmほどの距離に博物館があるみたいだから、寄ろうよ」と連れて行かれた博物館は ドロミテの雄大な峡谷の平地にぽつねんと石造りの建物。

さて、Museo WW1 Tre Sassiと書いてあるけど、なんの博物館なんだろう?

えっと・・・・・WW1? WW1って???? 


脳内メモリーフル稼働で「もしかして、World War 1? 」とわかるまで秒差かかっちゃいました。

もおおお、なんでここだけ英語なのよ! 今まで散々Grande Guerraとか言っておきながら!と怒る外人のあたくし。
土台、MuseoもTre Sassiもイタリア語でしょうに。

WW1博物館の、この建物自体が、第一次世界大戦前から砦として使われたもので、1915年の7月に爆撃されたものを、その後、この地域活性事業の一つとして復元させ、戦場跡などの発掘調査で出てきたものを展示しています。
戦争前はこの辺りはオーストリア領で、イタリア軍の侵攻から守るための砦だったそうです。
戦場跡の発掘では、オーストリア側だけではなく、この地で戦ったイタリア側のものも多く出てきます。
そして、現在、ここはイタリア領。
この博物館では、当時敵対しあったオーストリア軍とイタリア軍、双方の品物が「仲良く」展示されています。
きっと、博物館の名前も、オーストリアとイタリアも一緒の博物館だから、ドイツ語表記でもなく、イタリア語表記でもなく、間をとって英語にしたんじゃないかなと思います。
展示品の数々を見ていると、100年と言う年月は、そんなに遠くないんだなと。
展示品の多くは、この砦に置き忘れた、また周りから出た生活用品。軍服や武器はもちろん医療器具。
保存食であっただろう、缶詰の空き缶など、保存状態が良いものは、まるで、ついこの前のもの?のように見えるものもありました。
日本の神風特攻隊が飛び立つ前に家族に手紙を残したこともありますが、この博物館にも、そんな風に死を覚悟したイタリア人兵士の家族への手紙が展示してありました。
戦争とはいえ、前線で戦ったのは個々人。
国は違うけどみんな同じぐらいの年齢だった若者たちで、ましてや、ドロミテ地方は歴史的に長くオーストリア、ハプスブルグ家領であったけど、そこで暮らした人たちは言語だってドイツ語が共通だったし、この地方特有の言語もあったし、実はイタリアだ、オーストリアだという境界線が果たしてそれほど重要だったのだろうか? 


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"Questo museo vuole raccontare la storia da parte dei soldati
e non dai generali, o dalla politica, da parte dei vinti e non dai vincitori."


写真は博物館のフェイスブックページからお借りしました
仲良く、オーストリア兵とイタリア兵で記念撮影というのが、
とってもこの博物館を表現しているので。



以前、イタリアの公営放送局Rai ライで作られた、このドロミテ地方を舞台に、第一次世界大戦を時代背景にしたテレビ映画がありましたが、その映画のワンシーンで、たぶんクリスマスかな? たとえ戦争でもね、クリスマスは休戦です。そんな日に見回りをしていたオーストリア兵の青年は、雪山で遭難しかけているイタリア軍兵士を発見します。
近づくと、なんと彼の幼馴染。
衰弱し凍死しかねない友人を彼はオーストリア軍の基地へ連れて行きます。
基地内の他のオーストリア兵たちは敵を連れてきたなんて!きっと囮で後をつけられたに違いないと非難するわけですが、自分の幼馴染を見捨てはできない!と庇うと言う展開が、この映画を見たとき、正直なところ、私も、まあ、映画だしね、こう言うシーンも書いちゃうよね。とは思いましたが、ピサーノ氏が生まれた当初、ご両親が住んでいたと言うベネト州のベルン地方のお家の前を通ったとき、ほんの数メートルで「戦争前はね、ここからオーストリア領で、税関、入国審査事務所があったんだよ」って、道1本挟んでじゃございませんか?の距離で。

あっ、もちろん、ピサーノ氏、100歳とかじゃないですよー。
彼が生まれるずっと前、第一次世界大戦の前の話でございますが、この距離を目にすると、あのテレビ映画のシーン、あながち、あり得たお話だったなと妙に納得。

ローマで通った歴史コースの教授の「歴史を理解する、学ぶと言うことは地理に長けていないとダメなんですよ」と言っていた言葉を、ふと思い出しました。








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# by viabellaitalia | 2018-09-19 00:21 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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この夏のバカンスでトスカーナの山とドロミテの山に行ったんですが、山小屋のご飯が美味しいのにびっくりです!

それぞれの地域のお料理、素材が食べられ、山小屋なだけに 笑 お肉とか、お乳製品は山小屋の前で草をはむはむしている牛さんのです!とか、チベッタ岳でブー垂れたけど、すごい美味しかったヨーグルトの上にかかっていたブルーベリージャムも、チベッタ岳で採れたものとか。

下界では宣伝文句として、「0キロメートル」なんて言葉を使いますが、ここでは、そうしないと食材ないしー!なんだけど、これが美味しい。

北海道のスキー場の頂上レストランしか知らない私には、この地域性を押し出すメニューも新鮮でした。
ドロミテで、ちょっとハマったのがキュウリの酢漬け。これってピクルスだよね? なんだけど、もっと美味しかったです。
さらにドイツビールを置いているところも多かったです💓
ラガツォイはトレッキングしなかったので、ビールをいただきました。うひひひひ。


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ランチは軽めに前菜だけにしましたが、
これが意外にちょうど良い量でした。笑





ケーブルカーで登っていける山小屋も、宿泊施設併設と言うのも、ちょっとびっくり。
でも山小屋ですので、トイレの手洗いの水がね、石鹸を泡立ててる間に水流しっぱなしにしてたら、後ろから来たヨーロッパ系のおばちゃんに怒られました。汗

ラガツォイの山小屋は広いテラス席もあり、世界各国からきた観光客が皆さん、ご飯タイム。
チベッタ岳の山小屋では日本人男性とばったり会い、ラガツォイではめっちゃ、どう見ても日本のおばちゃんグループだわと思いきや、韓国のおばちゃんだったグループさんと言葉を交わし。
ヨーロッパからの観光客はワン’sも一緒に標高2700メートル。
第一次世界大戦の戦場跡でもあるドロミテ、今は平和に世界の人が集えて、こう言うのっていいな。



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思わずお砂糖一袋、お土産に頂いて来ちゃいました。



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お会計前のカウンターが。。。。
ヨーロレイホー。
ローマじゃ見かけない。。。。



初日のチベッタ岳登山の際に、念のためにリュックにお水とチョコレートなど持ちましたが、イタリアで山歩きをするなら、ぜひ山小屋ご飯、お試しください。素朴だけど、本当に美味しいもの見つけれますよん。









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# by viabellaitalia | 2018-09-14 19:58 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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ラガツォイでオーストリア兵に会っちゃった!




というのは嘘です。

こちらの方は、ドロミテ地方の第一次世界大戦跡の数々の発掘調査に参加した歴史学者さんですが、毎年、8月の15日後の1週間、こうやって山の頂上に立ち、当時の語り部をしていらっしゃるそうです。
「彼女、イタリアの歴史を勉強しているんです。」なーんてピサーノ氏が、言っちゃって「日本にもぜひ、ここの話、伝えてくださいね」なんて言われちゃいました。汗


「ドロミテに来たからにはラガツォイ、見ないと!」と、トレッキングじゃなくって、ケーブルカーで頂上付近までいけるというので、ホッといたしましたが、本当にもう、言葉を失う雄大な景色です。
世界遺産のすごさを見せつけらた感じです。

この山々も第一次世界大戦でオーストリア軍とイタリア軍が壮絶な戦いを繰り広げた場所です。
特にこの辺りは山の中腹にトンネルを掘り、中に火薬を詰め、頂上付近に陣を取る敵軍を山ごと吹き飛ばすという坑道戦が行われた場所です。そのために山の形が変わったところもあるそうです。

この山はオーストリア軍が優勢だったのかな?
崖の手前や岩壁を掘って基地を作っていた跡が多く残っています。
岩壁の中のトンネル、見たかったけど、照明がない上にめっちゃ低くて狭い。その上、足元が泥で濡れてて、転んだらアウト。
ということで、入って見たけど、入口付近以上中に入れませんでした。
先日のチベッタ岳の登山で、全身筋肉痛でね、滑ったりしたら踏ん張る筋肉も残ってなかったの。



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よくぞこんなところにトンネルなんか掘ったよ!という、その向こうは断崖絶壁の岩を見てたら、いきなり向こう側からトレッキング客が現れて、岩を降りて行ったけど、私にはできません。。。。。



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こう言った窪みも全て当時、人の手で掘られ、
木造の小屋を建て、見張り台や基地ととして使っていたそうです。


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こちらはTre Sassiの第一次世界大戦博物館で展示されていた当時の写真




高所恐怖症ではないはずだけど、もう安全のための柵とかネットとか張ってないから、あっちこっちにいきなり断崖絶壁の口が開いてて怖いったら、ありゃしない。
中にはまさに、きわきわに座って、写真を撮ってる心臓が強そうな方もいましたが。

思い切ってきわまで行って下の方の岩壁を写真に収めると・・・・・ひええええええ、あんなところに階段が。
階段の向こうもいきなり断崖絶壁だけど、こうやって両軍にらみ合いをしていたのでしょう。


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峡谷の中の所々に、何かの発掘跡なのか、番号が振られて場所を限定している場所がありましたが、その前日に行ったマルモラーダの戦争博物館のガイドさんが、当時使われた地雷や爆弾がまだまだ、あっちこっちにあるんですよー、なんて言っていた言葉を思い出し、まさかとは思うけど、近寄らないようにいたしました。汗








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# by viabellaitalia | 2018-09-12 19:27 | Buon viaggio通り | Comments(0)

1年が経ちました。

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現在。。。。

そして、1年前。
カルロの顔も不安げ。


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気がつけば、新しいお家の鍵をもらったあの日から1年が経っていました。
大困難、大騒動の末のお引越しはその間にも新たな問題が浮上したり、噴き上がったりで、消化しきれていないうちに、1年が経っていたということの方がびっくり。
苦しい思いも、悲しかったことも、脳卒中起こしそうなくらい怒ったことも、もう1年経ったんですか? というのが正直な気持ち。

選択を間違えたか?という思いに苛まされ、まあ、じゃあ修正すればいいやと思い、修正案、解決策を探しているうちに1年。




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1年前、現状打破のための、一歩前進のための引越しだったんだけど、達成感もなければ何か前進したとか、得たという手応えがない。
多分、自分が期待していた成果がまだ出てない、自分が期待していたレベルまで、到達していないから、達成感がないのかも。

これは、これでいかん。とも思う。
1年、365日。色々、いっぱい頑張ったし、何かは得ている。。。。はず。
とポジティブな視点で、1年暮らしたお家を眺める。

えっと・・・・・
まず、今のお家はカルロが時々走り回るお庭がある。

DVDを見ながらストレッチをするときも、今度のお家は充分なスペースがあるので、前のように家具を蹴ってしまうなんてこともない。



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大家さんが持って行ったエアコン痕は新聞紙を詰めただけだったので、
漆喰を塗り埋めて、色も塗っちゃったもんね。


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ボールの取り合いっこで、カルロでさえ、息切れを起こすほど、ぐるぐる走り回るスペースもある。
組み立てに2ヶ月以上かかり、本当に泣かされたキッチンは、出来上がると、広く使い勝手が良く、お料理するのがとっても楽だし。組み立てに苦労しただけに愛着もある。
私は日曜大工は嫌いであるけど、やらなきゃいけないときは、まあ、少しはできるという自信もついた。

器が変わると暮らしも変わるというが、確かに、最近では将来のお家、引越しを考える時、今のお家を基準に考えている自分に気がつく。
そして自分には何が本当に必要なのかも、ちょっと見えてきた。

1年前の自分にはなかった基準、物差しを持ち、そして確かに、物事の見方が変わったのは、大きな前進であったと思う。
この経験だって、決してマイナスではないはずである。
いや、何かに役立てていかなきゃ。

フェイスブックで上がってきた1年前の出来事、鍵をもらって希望と不安を抱えながら、引越し前の大掃除をした日の写真を見て、ふともう一度立ち止まって、自分の立ち位置を確認したくなった。








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# by viabellaitalia | 2018-09-12 01:44 | Comments(0)