カテゴリ:イタリア広場( 62 )

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photo by Il messaggero




私がローマに行く予定をしているときに、ショーペロ、ストにあたる確率高いです。

年に1回の定期検診のときも、週1で学校に通っていたときもドンピシャでスト。


2週間ほど前にローマに出向いたときも、ローマの中央駅前のバスセンターで30分以上バスを待ったけど、いや、バスはバス停の前に停まっているんですが、どれも発車しない。

バスの前でおしゃべりに花を咲かせていた運転手たちに聞いたら、あっさり「近くでデモ行進があるので、道が封鎖されているから、しばらくは発車しないよー」


交通ストじゃなくても、こういうこともある。結局、この日はまた駅に戻り地下鉄で最寄り駅というにはやや遠いけど、町中まで行ってそこからひたすら歩きました。


ローマに暮らして一番最初に学んだこと。

「交通機関を待つな。歩け。歩くのが一番早い交通手段である。」


今日はローマで2件ほど買付のお仕事を予定していたので、朝からやる気満々で身支度をしていて、ふと朝のニュースを見ていたら、今日って飛行機のストだけじゃなくって、国鉄もバスも地下鉄も全部じゃん!!!!!!


実は朝に国鉄のサイトで時刻表もチェックしていましたが、そんなことは全然書いていませんでした。

そうなの、いつも駅に言って切符を買ってから、「え? ショーペロ?????」とか、

自分が乗る予定だった電車が「ストのため欠行」というのを出発の数分前にアナウンスされるとかね。


そうでした、今日って金曜日。

ここ数週間、ずっとお天気も良く、このあたりで週末3連休なんかしたくなる気持ちがむくむくして来る時期よね。

この月曜日から学校も夏休みに入ったし。

そうなんです。イタリアってなぜかストの発生率が木曜、金曜が多い。

もうストなんだから今日は仕事を休んで家にいた方がいいよーな感じ。

いかんせんグローバルなご時世、イタリア時間では社会はやっていけないので、みんな必死に自家用車で出勤になるので、もう郊外→大都市への道から交通渋滞で本当にストの日は移動が大変になります。


歩ける距離なら、歩きますがさすがにね、今日の用事の場所まで歩いたら、片道11時間強。

これは辞めましょう。


お客様にも買付の予定変更、アポを取っていたお店にも連絡を入れたら、お店も「今日はお勧めしないわ。辞めて正解。外歩いてるのは観光客だけよ。」


連日30度を越す炎天下の交通ストの日は、イタリア流に「無茶をして出歩かない」が良さそうです。









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by viabellaitalia | 2017-06-16 20:28 | イタリア広場 | Comments(0)

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イタリアってまったくもって想像し得ないことが起こります。


もう14年ほどメインで使っていた個人用のメールアドレスのサイトが・・・・いきなり消えまして、もう3日ほどメールが受信できません。


無料メールアドレスだけど、大手のネットサービス会社の傘下の会社だったので、割と安定していたし、メーリングソフトでメールを取り込めないときも、また日本に里帰りしているときもサイト自体に行き着けば、そこからログインすればいいしと非常に使い勝手が良かったのと、アカウントを取ったのも、なにせ14年も前で、しかもイタリアのサービスなので、同名の人もいなかったようで簡単に自分の名前で登録ができちゃったという非常に愛着あるメルアドだったのに、どーしよー!!!!


メーリングソフトでメールが引き込めないというようなことは、

イタリアですからよくあります。

なので、最初はいつものことねと余裕をかましてサイトに行こうとしたら、サイト自体がダウンしていて、まったくページが開きません。


グーグルも一応読み込もうとするので、ドメインは・・・・・存在するのかもしれないけど、ログインページどころか、お問い合わせやヘルプなど、あるいはサービス内容などの別ページの情報どころかサイト自体がこつ然といなくなりまして、問い合わせもしようがない。


なにかサイトの故障か?とニュースをさぐるもまったくなし。

仕方がないので、親会社のサイトから問い合わせをしていますが、案の定、ヘルプデスクのメルアドはこちらでーすと返事が来たけど、もしサイト(サービス)自体が終了とか閉めたなら、いくらヘルプデスクにメールしたって、誰も応答はしてくれないだろうし。


サービス終了とかの知らせもなかったけど、こんなにこつ然と消えちゃうのってただのサイトの故障とは思えない。


という訳で、昨日からこの14年間にあっちこっちで登録したメルアド変更作業に明け暮れています。


仕事用は会社のメルアドを使っていたけど、銀行とかカードとか、友達や家族と連絡を取り合うSNSも今って全部メルアド登録ですよね。結構半端ない量です。

昨日も半日ほど作業したけど、まだ半分ほど残ってて仕事にならーん!!!!


というわけで、ご愛顧いただいていましたmika☆mclink.netを(☆のところはアットマークです)からは連絡が取れなくなりましたので、強制的にメルアドのお引っ越し中です。

急なご連絡はこちらのブログかまたは info@viabellaitalia.comまでお願いいたします。









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by viabellaitalia | 2017-06-08 19:49 | イタリア広場 | Comments(2)

プリマ コムニオーネ

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昨日会社に出勤してきたら、青い風船が階段を飾っています。

あれ? どこかのお宅で男の子が生まれたのかな? 


普段は、青い風船は男の子の誕生のお知らせですが、昨日は会社の上の階のお宅のミケくんのプリモ コムニオーネのお知らせ。


しかも、昨日は同じマンションのご近所さんたちが招待されたお披露目会が夕方からありまして、うちも店長と私と参加してきました。



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イタリアのようにカトリックの国の子供たちには、生後だいたい1年以内に受ける洗礼式、そして小学生になってからカテキズモというカトリック教義のお勉強を1、2年ほど毎週教会で受けてからのプリマ コムニオーネ、その後、良きカトリック信者として生きる宣誓式とも言えるクレージマと3つの大切な儀式があります。


私たちが会社設立のために今の場所を借りたのは2007年の秋。その頃はまだお腹の中にいたミケくん。

彼がよちよち歩きを初めてはあっちこっちで転んで泣く声や、床になにかを巻き散らす音に悩まされては「来年はきっと保育園が始まるはず!」と密かに彼の登園を待ち望んだ時期もありました。笑

そう、気がつけば今年の秋でうちの会社も10年! ちょっと感慨深いです。


プリマ コムニオーネは、イエス キリストの体(聖体)を表す白くて薄いウエハースみたいな物とキリストの血を表す葡萄酒を初めて拝領する儀式だそうで、儀式自体は前の日の日曜日のミサで行われたそうですが、この儀式には子供たちはみんな白い衣装をまといます。

カテキズモを終え、信者として神の道を歩み始めるという意味合いなのかしら? プリマ コムニオーネは神様、イエス キリストとの結婚する儀式なんだそうで、女の子などは、まるで小さな花嫁さんのようなドレスやベールをまといます。

このお祝いには贈り物をするのも習慣なんですが、なにせ一種の結婚式ですから、贈り物も時計とか金の装身具とかだそうで、カトリック信者ではない私にはちょっと度肝を抜かれた習慣でございます。

「ええええええ!!! 9歳の子に????」としぶるあたくし、「一生残るものを贈らないと」と、語るイタリア人たちとのせめぎ合いの上、なんとかプレゼントも用意いたしました。



プリマ コムニオーネが終わったミケくんも、お披露目会の昨日はお父さんにきっちりと髪を整えてもらって、ちょっと大人な雰因気を漂わせていました。

彼はこの次のクレージマも、すぐに受ける事に決めたそうで、さすがにクレージマには早すぎるのではないかな?とミケくんのご両親はちょっと心配顔。


プリマ コムニオーネまではイタリアで、カトリック信者の両親の元で生まれたらなんとなく、そういう流れの習慣ですが、クレージマだけはまさに本人の意志次第。

ただクレージマをしていないと教会で結婚式を挙げる事ができないので、まだ早いと心配するご両親も「でも、しとかないと教会で結婚できないし・・・・・」と。

ミケくん、まだ9歳だったと思うけど・・・・すでに結婚を想定して人生足固めというのが、カトリック信者じゃない私には、ちょっと笑えちゃいました。

実際、イタリア人で、しかも何世紀か前に枢機卿まで出した家系の当社店長でさえ、クレージマしてませんでしたので、結婚が決まった後、急遽やったそうです。

しかも、今の時代、教会で結婚式を挙げちゃったら離婚が大変だし、離婚しちゃった日には二度と教会では再婚できないし、お友達の結婚式の証人にもなれないので、やっぱりクレージマはもっと大人になってからでいいんじゃないかな? ← ただの外人の意見です。


それにしても昨日は自宅にご近所さん招いてのお披露目会、なんとなく年に1回あるマンション住人集会の様子を呈してました。笑

最後には後日ピザ屋でもう一度大集合とみなさん、約束したようです。


会社も仲が良いご近所さんたちです。



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by viabellaitalia | 2017-06-06 20:04 | イタリア広場 | Comments(0)

昭和なイタリア

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うちのわんこはこの顔で毎朝、ご近所さんに愛想ふりまきます。



今日は1946年に国民投票によりイタリアが王制から共和制になった記念日ですので、普段はいろいろぶーぶー文句も言っている国ですが、好きなところもあります。

最後の最後には憎めないこいつというのがイタリアの魅力。いつも、もうだめだ、やっぱり帰るしかないか?と思う度に、でも・・・・となにかあるのよね。


先日のお昼ご飯にカルボナーラを作って、最後の最後にペコリーノチーズの袋を開けたら・・・・・・見事にカビってて緑色だったんですね。


どーしよー!!!! パスタもゆであがった! フライパンには先にニンニクとパンチェッタも炒めてある。卵もほぐして黒コショウもがしがし。後はそこにペコリーノチーズをどわっと投入するだけ・・・・だった時に発覚したわけで。


今更、他のものを一から作るのも面倒だし、ここまで調理したものを捨てるわけにも行かないけど、ペコリーノチーズなしでどうすべー!!!


ちなみに、うち、あまりチーズ食べません。リコッタやモッツァレッラなどのフレッシュチーズはたまに食べるけど、ハードチーズは買っても結局食べきる前にカビっちゃっうので、外食時に食べることにしているため、家にはせいぜい好物のカルボナーラを作るためのペコリーノチーズを常備しとくくらい。


仕方がないので、ひとまずなんとか食べれるものにしようと、タマネギと隠し味にお醤油なんかも入れて、なんとか胃に収めましたが、一袋まるごと緑色のペコリーノチーズを見て、頭が空白になったとき、自嘲の意味で、FBにおばかなあたくしと書き込んであったんです。


なんちゃって、いや、本当はカルボナーラになるはずだったという得体の知れないパスタを胃袋に収めてはみたものの、重い。消化の間にちょいとFBなんか覗いて遊んでいたら、下の階のおっちゃんが、仕事先から「うちに下りろ、妻からチーズ分けてもらえ。」と書き込みが入りました。


自分が子供だった頃、そう言えばご近所さんが「お醤油切らしちゃって! ソースかしてー!」とか自分も近所の親戚の家になにか借りに行った覚えがありますが、大学出て札幌で一人暮らしをイタリアに来るまで結構長くやったけど、ご近所付き合いって全然なかったな。

近くの道ばたでお隣にお住まいだった方にばったり会っても、なぜかわざと違う方向にそそくさと行かれちゃったりとか、マンションの廊下で会っても、挨拶してもまず返事は返ってこなかったし。

近所付き合いどころか、なぜか近所の人を避ける方が多かったので 笑


イタリアにはまだこの近所付き合いが存在します。ここは昭和か?というくらい。

夕方になるとご近所さんたち、裸で(パンツは履いてるよ)夕涼みしながら井戸端会議とか、夏に暑くなるとエアコンがあるお宅で涼んでいたり、道をはさんで向かい合わせに建っているマンションそれぞれのベランダでおばちゃんたちが大声でおしゃべりに花を咲かせてたり。

さらに、ものを貸す、借りるということを日本ほど躊躇しない国民性なのかもしれません。

ご近所で芝刈り機を貸すのもよく目にするし、お裾分けも今だによくある。

以前具合が悪くなったときも、救急車を呼ぶほどではないけど、もうだめだーというときもご近所さんたちが私を救急病院に運んでくれ、退院後のお迎えも別のご近所さん。さらに次の朝にはまたまた別のご近所さんが、様子を見に来てくれて「注射必要だったら言ってね。私できるから。」と名乗りをあげてくれ。


ご両親の別居で初めてお父さんがいないクリスマスを過ごす子供たちのために、まだサンタさんを信じているちびくんのために、ご近所さんが即席サンタクロースになったり。


私みたいな外国人でもぽんとやってきて暮らし始めても「チャオ!」と声がかかり、いつのまにかご近所さんネットワークに入っているし。

気がつけば、ちゃっかり我が愛犬、カルロもご近所ネットワークに登録されています。

イタリアでも移民の問題は深刻だけど、イタリア人たちにはまだ「移民」たちをも個で見ることができる強さがあります。こういうイタリア人たちの懐の広さが私は大好きです。








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by viabellaitalia | 2017-06-03 02:31 | イタリア広場 | Comments(0)

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つい先日。履歴書を久々に更新しようとして、イタリアでの職歴の方が長くなっていることに気がつきました。



大学を卒業して、故郷北海道に帰ると決めたはいいものの、就職先が卒業前には決まらず、今、思うとあのときは若かったな。

電話帳の広告業のところのア行から順に電話をかけて売り込み、なんとかデザイン事務所に転がり込んだ4月。

といってもデザイナーの仕事なんか、まったくさせてもらえなかったもんね。当時はまだインターネットなんてございませんでしたので、データー入稿なんかない時代です。

校正だ原稿だとメッセンジャーボーイのごとく、ただの「ぱしり」。

デザイナーさんたちも紙の上でのお仕事です。「ちょっと、この定規洗って来て。」って今の時代だったらわからないだろうな。

ノリや、鉛筆の芯で定規が汚れるんです。そのまま使っちゃうと版下を汚しちゃうので、弟子が定規を洗うわけ。

そんな時代からやがて広告の世界もコンピューター化され、デザイナーたちも必死に新しい仕事道具のマッキントッシュを覚え、イラストだって絵筆を置いて、マウスで。(私はこれが得意です)


そしてイタリアに渡ったときは、まあ、手に職あるから、なんとかなるかな?とは思ってはいたけど、世間はそんな甘くはなかった。

日本ではずっとグラフィックのお仕事をして来たけど、イタリア語が母国語じゃないというならね・・・・と断られたことも一杯。

労働契約はできないから、君、自営の税務番号持ってる? 持ってない? あーじゃあ、ダメだね。ってのも一杯。

日系の企業で働いてみたけど、ガセネタの「学生の滞在許可書の更新中のものは就労してはいけない。」ということをうのみにしていた雇用者にいきなり首にされたり、「うちには必要な人材だから、なんとか労働の滞在許可書に切り替えたいわね。」という言葉を信じて頑張ってみたけど、実は、私が誰かイタリア人と結婚する=婚姻滞在許可書になる。のを待っているだけだったとか、本当にいろいろありました。

イタリアではグラフィックだけじゃなく、できる仕事があったら、やる!で、店員もやったし、旅行代理店の企画、調査の仕事もしたし、翻訳まがい、通訳まがいも。

なんとか仕事をふたつ掛け持ちして生活をつないでいた矢先に2つとも、滞在許可書のガセネタ情報のせいでいきなり首になり、日本に一度帰って体勢立て直しの際は、コールセンターも経験。


苦節8年目にしてやっと労働ビザを取り、やっと自営の税務番号も取った後は、あり地獄より質が悪い税金地獄にハマったけど、まだここでなんとか生きてる。いろんなことがあったけど、イタリアに来てからの17年間、まったく無職ってのは、最初の6ヶ月のみ。


こうやって考えてみたら、すごいぞ! 自分!!!!!!


なにせイタリアは働いても、支払いやお給料の延滞とか無給も多いので、イタリアって働かない方が損しないという国なだけに、よくぞここまで生き延びた!って自分を誉めたい。


先日のメーデーに友人が「仕事がないと多くの人が嘆くけど、俺はウェイターもやったし、ガソリンスタンドでも働いたし、戸別訪問のセールスマンもしたけど、今は自分が大学で勉強した、やりたかった仕事をしている。今の自分の仕事を誇りに思うし、今までのすべての経歴があってこその今の自分だと満足している。」とフェイスブックに書いてあるのを読み、私もまさにそうだと思った。


ここ数年はグラフィックという枠でくくれる仕事事態は少なくなったけど、日々やっている仕事は、結局は今までのすべての経歴があってこそできる仕事になっている。

生き残るためにというところが大きいけど、そうやって変わってこれた、多分、成長できた自分が嬉しい。


写真は昨年、イタリアのデザイン事務所とコラボレーションをして、イタリアサルーミ普及促進協会のカタログの製作に携わったときのものです。

写真撮影の現場はにローマの休日の撮影で使われた場所。とても楽しい経験のひとつです。







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by viabellaitalia | 2017-05-27 01:55 | イタリア広場 | Comments(2)

黒猫が欲しかったのに






昨日は、イタリアの保育園の御遊戯会? 発表会に珍入したZia Giapponese(日本人のおばちゃん)です。


店長のおちびちゃんが鉄の丘の保育園に入園したときですが、Zia Giapponeseは、両親がお迎えに来れなかった場合、緊急連絡先、あるいは緊急お子様預かり先として登録されました。笑


イタリアの学校は、多分子供の安全という観点からだと思いますが、両親、あるいは両親から学校側にちゃんと届け出が出されている人が子供たちの送り迎えをします。これは保育、幼稚園から中学校まで続きます。

今でこそ、かなり少なくなりましたが、昔は誘拐も多かったので子供だけの一人歩き、一人で登下校はまずないです。中学生くらいの子供が保護者なしで町中を歩いているのはジプシーの子供たちで、イタリア人の子供ではまずあり得ません。

話はちょっと外れますが、子供のときに誘拐されたという経験があるイタリア人も結構います。


送り迎え要員は大抵は両親、または祖父母というところですが、店長のおうちは二人とも、どちらの祖父母も700km彼方にお住まい。同じ町には親戚もいない。

で、ここで普通ならベビシッターさんか家政婦さんが登録されますが、店長のところは奥様専業主婦ですから、ベビーシッターも家政婦を雇う必要なし。ということでいざというときは、遠くの親戚より近くの他人、挙げ句に外国人(笑 の私が抜擢されまして。


「ということで、緊急時はこちらへ」と私の身分証明書、緊急連絡先などを提出いたしましたが、保育園の先生たち、私の名前、さらにイタリア語にはないHで始まる苗字が、「すみません・・・・あの・・・・架空人物(アニメのキャラクター)とかじゃないですよね?」って、おいおい。


なので、あたくし、存在しておりますということを見せに行く目的もありまして。


初めて見たイタリアの御遊戯会、噂には聞いていましたが、ゆるい。爆

舞台の上で子供それぞれ好き勝手な方向向いちゃって、誰も歌わないし、御遊戯もしない。笑 


なにもしない棒立ちの子供たちの観客たち(保護者)は手拍子に拍手喝采。ブラボー!!!の声もかかって、申し訳ないけど、そっちの方が笑える。


日本にいる3人の甥っ子、姪っ子たちは3人とも3年保育だったので、同じく3歳になったばっかりに御遊戯会がありましたが、改めて日本ってすごいわと思いました。


棒立ちの子供たちの真ん中で一生懸命場を盛り上げる歌手さんの歌に聞き覚えが。

違うよ、そこは音が上がるの! なんで下がるかな! 声が出ないのかな?と突っ込みそうになりまして。

なんで私、一緒にメロディーを歌えるのかしら?と思いきや、超懐かし昭和懐メロの黒猫のタンゴじゃございませんか!!!!


黒猫のタンゴって実はイタリアの童謡曲の日本語版リメイクなんだそうですね。イタリア語のオリジナル曲は「Volevo un gatto nero 黒猫が欲しかったに」


ちなみに日本語版の方は「大人のための子供の童謡」だそうで、確かにイタリアのオリジナル曲より歌詞がおませです。








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by viabellaitalia | 2017-05-24 19:25 | イタリア広場 | Comments(0)

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犬のカルロでさえ、自分のものに手をだされたら嫌ですと意思表示するし、

彼は私のものを勝手には触らないし、かじらないんだけどな。




私のものは私のもの。他人のものも私のもの。


いや、違うっしょ? と思うのは私が日本人で、イタリア人とは違う常識を持っているからである。


常識は一般常識とも呼ばれるが、実は一般的なものではない。


イタリアに長く暮らしていると、いや、ここまで違う? これを文化の違いって言っちゃうの? これは「常識がない。」ってことじゃないの?と頭をがつんとやられることが多々ある。


「いや、文化の違い。」とひとくくりにされると、なんだか立ち位置、足元をすくわれた思いになる。


「ミカだって、こんなに長くイタリアに暮らしているんだから、学びなよ。ここはイタリアで、サムライしてたってダメだよ。」


なんて言われたら、ここで生きてゆく気持ちも萎える。

一体、私はどこに行き着いてしまったのだろう・・・・・・・・。


私は常識なしの人間にはなりたくない。なれないだけに常識がない人に自分の領域を荒らされるのには腹が立つ。


例えば、この「他人のものも自分のもの。」

間借りをしていた頃、家に帰ったら同居人が私のベットで、私が買ってまだ読んでいなかった雑誌を勝手に包装を外して読んでいた。この図はキレる。


自分の食材や洗剤を同居人が勝手に食べたり、使っちゃっていて、いざ調理をしようとしたらないとか、洗濯しようとしたら洗剤が空箱になっていたとか、怒る。


ローマで働いていたときだ。通勤途中で買った新聞を仕事中に広げて読むわけにもいかないのでと、自分の机の上に置いておいたら、昼休みから帰ってきたら、見当たらない。あれ?と思っていたところに同じく昼休みから帰ってきたイタリア人の同僚が私の新聞をぽんと私の机になにも言わずに置いてゆくのは、怒る。

読んでもいい?とか、借りてたとか一言言えんのか? 


さらにイタリア人のカップルの私のものは私のものだけど、あなたのものは私のもの。というのも嫌いである。

彼の家も、彼の車も彼の職場さえも自動的に自分のものと見なす、この感覚が私にはないし、できない。

でも、そんな距離感がイタリア人には冷たいとか、水臭いとかに映るらしい。

特に職場、仕事に関してはきっぱり私は公私を分けたいので、仕事中にたらたら電話してくるとかチャット送って来る男性もだめである。


でもだ。

ここはイタリアなので私の職場には、同僚たちの彼女や奥さんや子供がよくやって来る。実際肉体が来ないときは電話がかかってきて、その存在アピールしてくる。

別に、訪問してくることは問題ではないが、まるで自分の家の延長で使われるのは、ちょっとご遠慮いただきたいのだが、ここがイタリア人から言わせると「文化の違い」なんだそうだ。


家が暑過ぎてエアコンないからと事務所に通われるのは困る。

近所で工事してて、集中して勉強できないとか通われるのも困る。勉強したいのなら図書館通え!と言いたいが、いかんせん田舎町でそういった施設がない。

インターネットが不調なので、ちょっとネットにつながせてとかコピーさせてとか勘弁してくれ。


あーたーしーは! あんたにインターネット使わせる、エアコン当たらせるために、必死に働いているんじゃないの! ここはあんたの彼/だんなの職場であるが、あたしの職場でもあるのよ!と言いたいが、この違いをイタリア人に理解させるのは難しい。

事務所の経費捻出のために必死で働く私の努力は、こうやって同僚たちの身内に使われ、消費されていくんである。


勝手に事務所のコーヒを飲まれるのも嫌だし、飲んだ後のコップもキッチンに置いて行かれるのも嫌だ。君は一体、何様? 私は君の従業員ではないぞ。

それだったら、せめて事務所の掃除をしてくれ。せめて汚したコップは洗ってくれと思うが、そんなことさせたら「あたしもここで働いているのよ。」とますますつけあがるので、辞めた方がいいとみなさん、おっしゃるのでそれは避けたい。


「イタリアはこうなんだよ。これが親密さなんだよ。」と南イタリアよりは多少頭がある中央イタリアはトスカーナ人に吠えてみたが、こう言われちゃね、開いた口が塞がらない。

「なんか聞いてたらさ、ミカ、ヤキモチ焼いてない?」とかいうトスカーナ人の頭をかち割りたくなったので話を辞めた。



これって愛とか親密だとかじゃないよ! 侵略じゃん!と同僚にどれだけ、私が不快な思いをしているかを話してみた。

ここは彼女たちの家ではなく、私の職場である。ここのところわかってくれよ。



「う・・・・ん、 イタリア人は基本的にInvadente(押し付けがましい)だからね。」


いや、これって押し付けがましいの領域じゃなくって、常識がないだと思うんですけど。


で、ここでまた始まりに戻るのであった。脱力。









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by viabellaitalia | 2017-05-19 19:38 | イタリア広場 | Comments(0)

地球の裏側にいても

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イタリアネタではないのですが、先日大学の恩師が退職を迎え、その記念に元教え子たちも一緒に出品をした「表現をする遺伝子展」という展覧会が開催されました。ここ数日はその展覧会に集まった元同級生たちと恩師の先生たちが仲良く収まった写真がどんどんフェイスブックにアップして来ます。


大学生活から実に30年以上の年月が経っているのですが、こんな風に集合できちゃったみんなが凄いのと、今でも変わらないみんなの笑顔を見てたら地球の裏側で心が熱くなっちゃいました。


同級生からも実はデータでも出品してくれたら、搬入やるよーとは声かけてもらっていたんですが、いかんせん、イタリア生活って本当に日々がサバイバルというか戦場で作品作りに集中できないだろうとパスしちゃったんですけど、こうやってみんなの顔を見たら、うーんもうちょっと頑張って挑戦すべきだったなと。



上の写真は卒業制作で作った自分史という本の1ページです。

大学の研究室の恩師たちの似顔絵。結構失礼な構図もありますが、許してね。


大学2年目に選択した編集デザインの卒業席作は自分の最初の20年史を1冊の本にする。

取材も資料集めも撮影も、編集デザインもレイアウトも製版作業も印刷も自分。


退職前に研究室を整理してたら、こんなのが出て来たよ!と恩師梅田先生が私の卒業制作を撮影してメッセンジャーで送ってくれたときはびっくりしました。当時3部作り、確か2部は大学に置いてきたけど「物持ちいいでしょ? 何回か研究室の引っ越しもあったけどずっと持ってたのよ。」という先生の言葉、とても嬉しかったです。


地元では絵が上手な方で、北海道などの展覧会などでは賞をもらうこともあったけど、図に乗って美大なんて、みんなそういう人が集まるところに行ったら、自分は全然だめじゃん!というのも思い知らされた大学生活。


まあ、特別私の作品がすごくて残っていたのではなく、納品がね・・・・遅れたの。てへ。

卒業展ぎりっぎりで 笑。多分それで先生たちも返却しそびれたってことだと思います。爆


今でこそ編集も印刷も全部コンピューターですが、当時はまだMacさえ、なんにも出来ない時代で 笑 

文字も写植機という機械で一文字一文字打って、現像して、脱字誤字があったら、カッターで一文字づつ切って貼って。レイアウトしてみたら、でかかったとか小さ過ぎと、また最初からやり直し。

印刷もシルクスクリーン。

各自に与えられた版は1枚なので、一版刷ったら色合わせにまた版を全部シンナーで洗い落として、もう一度版作りから。

「今思えば凄い課題よね。今の学生だったらできないかも。」とは当時を振り返った先生自らの感想。

確かに校舎中にシルクの版を洗うためのシンナー臭が充満しちゃって、作業していた学生が妙にハイだったり 笑

あの当時は指がシンナーで乾燥しちゃってひび割れてたわ。 笑

バスの中で立ったまま寝れたのも、あの卒業制作の時期。


作業が大詰めになったときは、安全管理のおじさんに追い出されるまでみんな大学に残り、そんな私たちのために、研究室の先生たちも夜遅くまで残ってくれて、挙げ句に炊出しまでしてくれたのも覚えてる。


母校は新しいことをやりたいという有志の先生たちが集まった若い大学で教授たちも講師の先生たちもみんな若かったのもあるのかな? 先生や教授たちに随分タメ口で梅ちゃん、きむっちとかのむっちとかあだ名で呼びかけてたっけ。


午後の専門講義の後、課題の絵を描いていると、なんか揺れるんですけど、地震?と思いきや、教授たちが校舎の屋上でテニスしてて校舎全体が揺れてたなんてことも。爆

最近は校舎も老朽化で改修工事が入ったようですが、みんな若かった。笑


一杯、いろんな思い出と本当にたくさん、いろんなことを学んだ2年間。一から築いた友情は30年経った今も色褪せない。

「君たちは、商業デザイナーになりたくてここに来たんで芸術家になろうとしてきたんじゃないんだから、この違いをしっかり肝に命じとくように。クライアントがあってのデザイナーなんだからね」という奈良先生の言葉はこの30年間忘れたことはない。

「クリエイティブな仕事をするにはね、自分の中に一杯宝物を溜め込むんだ。じゃないとなにも生み出せないぞ。」正確な言葉はちょっとあやふやだけど、これも教授たちが教えてくれた秘訣である。


入試試験の面接の際に、どんな質問をされるんだろう?とどきどきしていた私に「おおお、北海道ですか? もう雪降りましたン?」とたったこの一つの質問で、もう絶対落ちたと思っていた大学。


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このページは2月の末生まれの私、卒業制作の本当の佳境のときにやっと20歳になったので、
自分史最初の20年をやっとこの日にくくることが出来た、その当日に版を起こしたページです。


ここ数日、フェイスブックに上がって来るみんなの写真を見ては、こんなに素晴らしい2年間という時間を刻めた自分の人生を誇らしく思うのでありました。

地球の裏側から、梅田先生、お疲れさまでした。そしてこれからのご活躍楽しみにしています。







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by viabellaitalia | 2017-05-16 23:41 | イタリア広場 | Comments(0)

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うおおおおおおおおお!とのけぞる毎日です。




個別戸ゴミ回収システムになり2週間が過ぎましたが、すでに事件勃発です。


やっぱりね。って感じ。嫌な予感はあった。


今朝、仕事に出かけようと家を出たら、私が住むマンションの前でゴミ回収のおじさんと口論になり。汗


「あのさ! この前も言ったけど、なんでゴミ箱、ここのスロープに置いてくれないかな? 何度も行ったりきたりで大変なんだよ!」



ゴミを個別戸に回収と言ってもマンションのような集合住宅は保安のため、勝手に中に入れません。イタリアのマンションのドアはオートロック。外からは鍵なしでは開けれません。

集合住宅の場合は、マンションの玄関ドア前、あるいは門の外に指定のゴミ箱を各家庭が出しておくということで始まったこの新システムですが、私が住むマンションは、特に別管理会社からゴミ箱を置く場所の指示もなかったし門もないので、住民同士でマンション玄関前のオープンスペース、F氏のお庭の横と決めたのですが、回収後のゴミ箱を定位置ではない、公道に降りるためのスロープにゴミ回収の人が乱雑に放っておいちゃうように早々になってしまった。

ゴミ箱を元に戻すのがめんどくさい。とこの状況からは読めたけど。


1週間ほど前のとある朝、ゴミ回収のおじさんとばったり。

おじさん曰く「雨の日なんかさ、お宅らのドアまで何度も行ったりきたりするの大変なんだよ。ここのスロープになんでゴミ箱置いてくれないかな? ちょっとみんなに言っておいてよ。俺はひとまず、いつもここ(スロープ)にゴミ箱は置いて行くから」と。

このときも「ゴミ箱、ごーみーばこっ! わかる?」ってちょっと私はむっとは来ていた。


でも、日本人のわたくし、さっそくマンションの皆さんにゴミ回収のおっさんのご要望告知を作りお知らせしましたが、住民全員からダメ出し。


スロープにゴミ箱置いたらさ、あいつらちゃんと決まった時間に回収しに来ないから、俺たちも出勤前に回収できないだろ? で結局一日中ゴミ箱はスロープに放置だよね? そうすると車椅子を使うご近所さんがここ通れないだろう? だめだよ!」


ごもっとも。

本当はゴミ箱も決められた時間以外の日中は外に放置してはいけないことになっているのですが、決められた時間内(朝5時まで)にごみが回収されないので、結局夜まで数家庭分、放置さているのが現状だし。


かといって、私がわざわざゴミ回収のおっさんにもの申す係でもないし、その後会わなかったので、この1週間はゴミ回収のおっさんと住民との間でゴミ箱の置き場所で静かな戦いが繰り広げられていた。

一昨日当たりからゴミ回収のおっさんの怒りバロメーターはかなり振り切らんばかりとなったらしく、回収後のゴミ箱はマンション玄関から随分離れた障碍者用の専用駐車場の脇に置かれた。

これ、車が駐車しちゃったらゴミ箱が見えません。きっとこの夜に帰宅した住民の中にはまじ、探したと思います。街灯もない駐車スペースの雑草が生い茂ってる影なんて、そこを選ぶおっさんの意地悪さが見える。


これ、苦情出した方がいいんじゃないかな?と思っていた昨日は、ゴミ回収時に袋でも破けちゃったのか、玄関からスロープにかけてゴミが散乱していた。


ここね、袋が破れちゃったと思った私はまだまだ人が良い。


さすがにこれは頭に来た住民が早速苦情の電話を入れたらしい。


で、今朝は生ゴミとプラスチックゴミ回収の日。

早朝に犬の散歩で外に出た私ですが、生ゴミ用のゴミ箱がこの時間にすでに回収されていて、さらに昨日私が置いた場所にちゃんと戻っているではありませんか!!!!!!


やれば出来るんじゃん!とちょっと気持ちも上昇して、ルンルンお仕事頑張るぞーと家を出たときにプラスチックゴミを回収しにきたおっさんと出だしの口論となったわけで。


なんと、昨日のゴミばらまき事件は、このおっさんが住民に思い知らせるためにわざとやったと。 唖然


しかも苦情の電話、ちくられたのに怒り心頭なおっさん。


おいおいおいおいおい!!! 違うだろ!


スロープは車椅子の住民のために開けておくべきと言っても、私、外人ですから聞く耳もっとらんおっさんは「車椅子の人がゴミ出しに来るかよ! 誰かが出すんだろ? スロープに置けよ! 関係ないだろ!」と主張するので、車椅子を使う息子さんがいるF氏にご登場いただきました。


3人で喧々諤々。さすがにイタリア人の住民に正当な彼の権利を主張されちゃね、ゴミ回収のおっさんも最後は黙りました。

でも、イタリアってすごいわ。いい大人がこんな子供じみたリベンジしちゃうってどうよ?

ゴミ回収の人が切れてゴミばらまきって・・・・・・唖然。


今後はこんな戦いも再発しないと思います。外人の私も自分の仕事ちゃんとやれよ!と一言吠えさせていただきましたが、おかげで、あたしは自分の仕事に遅刻しました。怒







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by viabellaitalia | 2017-05-10 20:53 | イタリア広場 | Comments(0)

結婚滞在許可書を考える

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知り合いのイタリア人男性の奥様はアメリカ人である。であった。

先月、彼女は滞在許可書の更新を希望せず、滞在許可の期限が切れる日に2歳になったばかりの娘をイタリアに置いて、一人母国アメリカに旅立った。


結婚は多分5年続かなかったと思う。


2年前、赤ちゃんが生まれて2ヶ月がたった朝、知り合いのイタリア人男性はいつものように仕事に出かけ、夜、家に帰ってきたら、奥さんも赤ちゃんも家にいなかった。

昼間の間に奥さんは赤ちゃんを連れて母国アメリカにいきなり帰ってしまい、彼女はそのまま離婚を切り出した。


イタリア人同士のカップルだって、こういうことは起こるだろうが、問題は奥さんがだんなさんの同意なく、未成年(赤ちゃん)を国外に連れ出してしまった事である。

この場合、例え親であっても未成年の誘拐になる。


知り合いのイタリア人男性はこの2年、奥さんとの離婚調停、さらに子供に会う権利を得る裁判をする羽目になった。

なにせ、奥さんと赤ちゃんはアメリカにいるので、裁判といっても簡単にはいかない。イタリアの法律とアメリカの法律、国際間の取り決めなどなど。

アメリカは離婚は簡単だろうけど、イタリアはそうはいかない。離婚自体も非常に時間がかかるしめんどうである。


この2年、彼が何度かアメリカに渡り、裁判や弁護士と随分お金を使ったということは聞いている。なんとか子供と再会する、子供と一緒にいる時間を得ることが出来たようで、もうすぐ2歳になる娘はまたまた海を渡り、イタリアに戻ってきたが、なにせ2歳にも満たない子供である。

当然母親である奥さんがイタリアまで付き添ってきたわけで。


昨年のクリスマスは、こうやって彼は初めて娘と一緒に過ごす事ができたが、母親がまた子供を誘拐してしまわないように彼の両親を呼び寄せ、監視付きのクリスマスであった。


こんな話を聞いて、最初は奥さん早まった行動を取っちゃったよねとは思ったけど、イタリア人の親がどれほど重いかを知っているだけに、アメリカ人の奥さん、針のむしろだろうな・・・・・とちょっぴり彼女のことを思うと心が痛くなった。


あれから4ヶ月。

2歳のお誕生日をイタリアで父親とイタリア人のおじいちゃん、おばあちゃんと、そしてイタリア人の親戚たちと迎えたおちびちゃん。

彼女のマンマは親権を得る事もできず、彼女をイタリアに置いて一人アメリカに帰った。


滞在許可書の更新さえ拒んだ奥さんの気持ちを同じ外国人である私はついつい考えてしまう。

周りのイタリア人たちは「だって、彼女のイタリア滞在許可は結婚のためで、離婚したいんだし、イタリアにいる理由はないだろう?」と言うけど。



ふと、もう10年近く前なるけど、労働のための滞在許可書の更新で地元の移民事務所に行っていたときの警官たちの会話を思い出した。


「このケースはどうしようか?」隣の机で別の人の滞在許可書の更新申請の書類を見ていた警官が、私を担当していた警官に話しかけた。


もうかなり年配の外国人女性で、最近どうやら長年連れ添ったイタリア人の夫が亡くなり、今回彼女は未亡人として結婚の滞在許可書の更新を申請していたのだ。


二人の間に子供はいなかったそうで、女性はここイタリアで天涯孤独である。しかも高齢なので今更労働の滞在許可書に切り替えるための定職もない。

彼女の収入はイタリア人の夫が残した年金だけである。


実は、このケースかなり微妙だったようで、「もう夫がいないんじゃねぇ・・・本来は国に帰ってもらいましょう。なんだけど、高齢だし、だんなの年金でなんとかここで生きて行けるだろうし。」とこの二人の警官の温情で「更新」に回った。


イタリアの滞在許可書の更新っって本当に心理的にも経済的にも大変で、毎更新時に、ああああ、こんなことなら早く結婚したい!早く、こんな問題を終わらせてしまいたいと思っていた。

イタリア人と結婚した友達たちの結婚報告や、滞在許可書が結婚に変わってホットしたと聞いては正直うらやましかった。実際、私はイタリアに好きな人がいて「君の夫になりたい」という彼の言葉を私はプロポーズだと信じていたので、学生、また労働と滞在許可書の種類が変わっても、毎更新時に発生するいろんな問題に、いつも「こんな苦労をするためにイタリアに来たんじゃない!」とは思っていた。



でも結婚は全然、安全パイでもゴールでもない。特に滞在許可書に関しては。








最後までおつきあいありがとうございます。Grazie per la visita!

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by viabellaitalia | 2017-05-09 00:35 | イタリア広場 | Comments(0)