カテゴリ:Buon viaggio通り( 35 )

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でっかいどう(街道)じゃなくって、柱がでかい。


「古代のローマの町に行こうよ!」と連れていかれたオルトノーヴォ。その昔はルーナ港町と呼ばれていたようです。

元々はリグーリアに居た民族に支配された土地で、地中海の交易港として、エトルリアやギリシャの船が盛んに使っていたそうです。

そんな有利な地理的条件をローマ人は見逃さなかった。紀元前177年に2万人ほどのローマ人を移住させ、ローマの植民地を作っちゃった。

そんな起源を持つ町です。

共和制ローマ、ローマ帝国初期に力を増し、栄えたのですが紀元後4世紀の地震で被害を受け、忘れ去られた町。

ローマから続くアウレリア街道の終着点はピサであったとされますが、その後ピサからルッカ、さらにここルーナまで伸びていたそうです。

今でも町のメインストリートであった旧アウレリア街道の跡があります。

カエサルがガリアに向かった頃、アウレリア街道もどんどん伸びたらしいですが、もしかしたらルーナのこの道を彼も通ったかも。



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4世紀の地震で人々が山の方、高い場所に生活を移してしまったので、ここに残る遺跡たちは、紀元前とその後の4世紀までのところで完璧に時間が止まっていますが、その後々、中世、近代になって忘れ去られた平地に畑を興して住み着いた農民たちもいらっしゃり、現在この遺跡群は、そんな一般の民家や農園と土地を境いにしています。入場料を払い、博物館に行く道に普通に民家が軒先を構えていたり、古代都市のメインストリートから、古代劇場へ向かう獣道が、民家の軒先を金網で遮っていたり。汗


博物館の切符切りの方たちが、どう見ても近所のおじいちゃん、おばあちゃんでよもやま話に花を咲かせているところを、「すみませーん。」と声をかけて切符を見せたり。

ルーナが栄えたのはカエサルの後継アウグストゥスの時代だそうで、博物館の中には、当時の市民の生活を垣間見ることができるものが一杯です。キッチンなんか、正直、昭和初期とあまり変わらないんじゃないかな?という感じ。


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どこかの邸宅の床材(大理石)もまだ残っている



夕暮れにはちょっと早い時間、ルーナの町のメインストリートからテアトロへの道を歩いていたときに、なんとなく当時もこんな時間にローマ市民の人たちが思い思いに着飾り、「今日の見せ物はなにかしら?」なーんて良いながら夫婦が手をつなぎ歩いていたり、子供たちが走り回っているイメージを肌が感じる。


そう言えば、こういう感覚は去年、ヴォルテッラの古代ローマ劇場の多分、観覧席部分を歩いていたときにも感じたっけ。

それくらい生活感が残る、感じる事ができる遺跡です。


ちなみに、ピサーノくん、ここをトスカーナな感覚で歩いてましたが、ここがピサの支配下にあったのは、相当大昔で、現在はリグーリアです。汗


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by viabellaitalia | 2017-09-06 20:03 | Buon viaggio通り | Comments(0)

Cosa vuoi di più della vita? 

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コロッセオからエスクイリーノの丘の方へ登ってゆく近道。

コッレオッピオ公園と言う名前だそうで、多分、何百回と通った公園内の道はドムスアウレア通りだったとつい先週末気がつきました。汗


17年前の3月の末、空港に迎えに来てくれた元相棒の車が壊れたとかで、電車でオスティエンセ駅まで入り、そこから地下鉄B線に乗り換え、コロッセオ駅で下りて、この公園のドムスアウレア通りを20kgのスーツケースと一見見た目は軽そうだけど、実は20kg強あったリュックを背負い、ぜぃぜぃ言いながら登ったのあの夜から、私にとってコロッセオとオッピオの丘はほぼ自分の庭状態である。


来たばっかりの頃、サッカーのラツィオチームがその年のリーグ優勝を決めたとかで、次の日にはドムスアウレア通りには多分ラツィオファンだろうな、ローマチームへの罵倒の言葉が道のアスファルトの上に大きく書かれていたのを発見して、ビビりながらもイタリア語の罵倒の言葉をひとつ覚えたっけ。


で、次の年、今度はローマチームがリーグ優勝したので、同じ場所にでかでかとローマチームのロゴが描かれたのも覚えている。


当時働いていたお店への通勤もストの日は、この坂を下りてコロッセオを右に曲がるとスペイン広場までも徒歩でも20分もかからない。

冬の早朝、まだあまり人が出ない時間にここを通ったときは、日産の新車の撮影をコロッセオを背景にしてしていたのに出会ったこともある。


相棒の家と自分で借りたおうちとの行き来で毎日毎日、何度も何度も通った道。


カメラマンをしているイタリア人の彼とお付き合いをしていた日本人の友人が、毎年二人の記念日に写真を撮ることにしていると、ある年はこのドムスアウレア通りで写したものを見せてくれたことがある。


イタリアは結婚式の後、披露宴までの間の時間をカップルは町中へ写真撮影をしに回るのだが、確かにこのドムスアウレア通りでも、よく撮影中のカップルを見かける。

当時はね、いつの日か私も結婚したいと思っていたので、そのときは写真撮影はやっぱりここよねとは決めてはいたんですけどね・・・・・・。遠い目 笑


先週末、ドムスアウレア見学のために、またまたここを通ったときは、そんな感傷に浸る暇もなく、まっすぐのびる道のどこにも日陰がないやーん!!!!!!!! ちょびっと日陰の下にあるベンチはすでにてんこ盛りに人が座っていて、じりじり照りつける太陽の中、日陰を探して一気にコロッセオまで下りました。


この暑い中、ローマに行くの? なんて近所の人に言われましたが、真夏でも中はめっちゃ冷え冷えの納涼ドムスアウレア見学のためだったので、暑さ対策でもあったけど、予約時間より早く着いちゃったので、急遽日陰探し難民になりかけましたが、コロッセオはでかい。日陰もでかいので、コロッセオの麓の歩道の段差に各国からの観光客に交じって腰掛ける。


この日は結構風がある日だったので、日陰だと涼しい風が通ってとっても気持ちが良い日でした。(海の方では竜巻もでちゃったそうですが 汗)


目の前にどっかーんとコロッセオ。その日陰でぼうっと涼を取るって、考えたらものすごい贅沢な時間。


「Cosa vuoi di più della vita? 人生でこれ以上の何が欲しい?」


私と同じことを考えていたようで、横で涼んでいたピサーノ。


いやはや、本当。住んでしまうとありがたみを忘れがちですが、2000年以上の歴史の上に腰掛けちゃってますし。








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by viabellaitalia | 2017-07-20 19:35 | Buon viaggio通り | Comments(0)

真夏の夜はルンゴテベレ

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日中の灼熱時間がやっと終わる夕暮れ時、イタリアの人たちは夕涼みもかねて外に繰り出します。

毎年、各都市で夜な夜ないろんなイベントが組まれますが、もしこの時期にローマにお越しの方には、ルンゴテベレの下、川岸をぶらぶらお散歩、お勧めです。

写真の聖大天使城 カステロ サンタンジェロの下の川縁に白いテントが見えると思いますが、ここでーす。

川縁を2kmほど、夏の間の限定ですが、いろいろなお店のテントも並び、アペリティフやお食事も楽しめたり、クラビングも出来ちゃいます。

ちょっとローマ バイナイトを楽しみたいけど、大丈夫かな? 危険じゃないかな? なんてみなさん心配ですよね。ルンゴテベレに出るお店は外から、店内も見えるし、まわりは多くのひとたちがそぞろ歩いてるし、お値段も基本的には明朗会計の・・・・・はずです。


この・・・・・・・・のところは、ぼったくりじゃないけど、先日とある場所で、「クラブオーナーとの意見の相違」があって、お会計時にもめはしなかったけど、まあ、意見交換勃発したので。


でも、そんなところもひっくるめてある意味「ローマの真夏の夜」を楽しめるポイントです。

もう笑っちゃうしかないくらい、騒々しくローマらしいお話なので、ちょっと長いと思いますので、明日にでもご紹介いたします。






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by viabellaitalia | 2017-07-17 19:19 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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着せ替えができるバック、カスタマイズができる面白さがイタリア人に大ヒットのO bag(オーバック)


ハンドルもボディーも好きにカスタマイズできるし、カラーバリエーションも豊富で季節に会わせて手持ちのO bagにプラスアルファーで着せ替えって、乙女心をくすぐります。


最初はうーんと思ったけど、最近は表面をいろいろ加工した一見かご風とかレザー風まであり、さらにハンドルに飾るチャームや、内側につけるポーチなども加わり、InstagramにはO bagマニアなんてアカウントもあったり、どんどんO bagファンが増えています。


今回のお買い物代行は元気なビタミンカラーのオレンジ、カラー名はあひるのくちばし色ですが 汗

ハンドルはスエード風なものを合わせてみました。


買付に行った先で、こんなO bagも見つけました!

ハンドルがキャンパス地は夏に活躍しそう!!!!!!!!!!!



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新作のフラワーシリーズはバックのフロントボディーにお好きな色の花をあしらえます。



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お買い物はVIA BELLAITALIAヘ

http://www.viabellaitalia.com/ja/239-o-bag?live_configurator_token=03b79ce13a34a35df778b4d0115685fe&id_shop=1&id_employee=2&theme=&theme_font=font8







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by viabellaitalia | 2017-07-10 23:38 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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なんだかんだとバタバタしているうちにバーゲン始まってます。汗


実は私個人はバーゲンでお買い物するのが苦手です。

店員さんたちが殺気立っているし、商品も雑多な感じで、欲しいサイズを探すのに苦労をするので、バーゲン初日に乗り込む!なんてことは随分していません。

あっちこっちのオンラインショップの欲しいものリストに追加していた商品も、いざバーゲンだ!と再チェックしたら、もうサイズ在庫なしで、すでにお買い物意欲削がれましたが、毎年、バーゲンが一段落した頃の残り物に福がある的な時期に雪辱戦を挑みます。



さて上の写真は先日のお買い物代行のステラ マッカトニーのフェラベラ バック。
こちらはバーゲンではありませんが、当社の提携していますセレクトショップからお手配いただいたので、実はお買い得価格でご用意しました。

動物愛護の観点から一切革製品を使わないブランドですが、毎回素材の作りにびっくりさせられます。

こちらのバックもレザーは一切使われていませんが、見た目も手触もまるでスエード。

すごい技術です。


ステラ マッカトニーやフルラなど、モンクレールなど日本とは随分価格が違うブランドです。

バーゲンのこの時期はイタリアから直接のお買い物は配送料や関税を考えても、さらにお得だと思います。









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by viabellaitalia | 2017-07-04 02:09 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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生け簀の真ん中は皇帝のテーブルがあったと思われるところ。




古代ローマの貴族が別荘を建てた場所って風光明媚で気候もよい。


ということはよく現代イタリア人から聞きますが、ティベリウス帝の別荘はまさに、現代だったら素敵なリゾートホテルでも建てれそうな場所にあります。


目の前がオデュッセウスの海と呼ばれる真っ青な海に白い砂浜、遠くに伝説の魔女キルケの名を持つチルチェッオ山を望む。

そんな場所の自然にできた洞窟もついた一大リゾートでございます。


スペルロンガの砂浜にあるティベリウス帝の別荘は、古代のローマ貴族がどんだけモダンでおしゃれなことをやっていたかを目の当たりにできる遺跡だと私は思います。


山の側面から砂浜に向かって大きく開かれた場所に居住施設を設け、洞窟脇には多分、当時のキッチンがあります。

海へ向かって大きく開いた洞窟の中には丸く池が掘られ中央に当時の一大傑作とも言える、大きな彫刻が飾られ、その池からさらに海の方向へ水が引かれ生け簀が設えてあります。

この生け簀の真ん中に、四角い場所が残っているのですが、多分、ここで皇帝は海を眺めながら食事をしたのではないかと。ときには生け簀から釣った新鮮なお魚を、洞窟脇のキッチンで料理人たちに調理させて、すぐサーブさせるとか。




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この池の真ん中の台座には
下の写真の彫刻が飾られていたそうです。


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この四角い台座を見る度に、頭の中で勝手に南の島のリゾートホテルの観光パンフレットにありがちな、砂浜や海の中にロマンチックなテーブルがしつらえてあり、日除けの薄い白いベールのテント、カーテン?が揺れ、夕暮れにはキャンドルが灯っちゃうなんてシーンを想像しちゃいますが、多分私だけの妄想ではないと思います。

古代ローマの貴族たちは間違いなくそんなことやっていただろう思います。

ポンペイの遺跡にみられるように、各部屋は壁に絵画が描かれ、彫刻なども飾られ、カーテンやリネン類も豊富に置かれ、観葉植物のようにシダが飾られ、居住空間としての質は現代より良かったんじゃないだろうか?と思います。



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それにしても古代ローマの皇帝って結構な数がいるので、ティベリウスってどなたでしたっけ?な感じでしたが、現代人がいつかやってみたい白い砂浜リゾートを2000年も前に、しかも自分のためにこんなすごいもの作らせちゃった人ってどうなの?と改めて、お家に帰ってきてたからお勉強しましたが。。。。。


私が大好きなユリウス カエサルの後継者であり、ローマの初代皇帝となったアウグストゥスの後をついだ方で、しかも! アウグストゥスがまだオクタウィヌスだった頃に、すでに既婚者だった女性に恋をして、これって権力使った略奪愛?な結婚もしちゃったお相手のリウィアの前夫との最初の子供って、ちょっと古代ローマ昼メロまっしぐらなドラマです。


しかも、敬虔なカトリック信者を装うイタリア人をすぱっと切るときに私がよく言っちゃう「でもさ、イエス キリストを殺したのって、ローマ人だよね?(あーたの祖先よね)」のイエス キリストが刑死したときの皇帝です。汗

彼自身の統治は「煉瓦のローマを受け取り、大理石のローマを残した」アウグストゥスのような輝かしい(分かりやすい)ものとは対極な、よく言えば質実剛健、悪く言えば苦労の割には地味で評価されにくいものだったそうですが、ティベリウスはアウグストゥスより位は高い貴族階級出身だったので、プライベートはやっぱりそんなところが出たのでしょうか?


彼は皇帝でありながらも、あまりローマにもいなかったようで、カプリ島に居を構えていたし、彼が亡くなったのもナポリ湾の風光明媚なミゼーノにあった別荘だったそうです。



ちなみにこの沿岸には一杯古代ローマの貴族たちの別荘跡があります。



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昨日ブログにアップした写真ですが、
砂浜の奥にぽっかり開いてる洞窟が見えます。










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by viabellaitalia | 2017-06-28 01:29 | Buon viaggio通り | Comments(0)

突然海開き

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「予想外、結構好き」と言われてみて、イタリア暮らし、あまりに日々「どっきり」がありすぎて、最近は「予想外」とか「どっきり」が嫌いなMIKAです。

年かしらん?とも思いますが。


先日、海辺のティベリウス帝の別荘の遺跡を歩いて、小腹が空いたので近場の町、スペルロンガでお昼をした後、ピサーノくん、町の下の真っ青な海と白い砂浜を見つつ、いきなり「ねえ、せっかくだから、どこかで水着調達して砂浜に下りない?」


いっ???? 水着ってそんな簡単に調達できるか?

お財布には、カードは入れてある。いざとなったら買うことはできる。

でも、いつもなら前もって雑誌やお店をチェックしたりと自分が欲しいモデルをある程度決めてから、ショッピングにGO GO!で、いきなり水着は、買ったことがない。



どだい、そんなアイデアが湧いたのは、イタリアのお昼ご飯時間まっただ中で、ほとんどのお店は閉まっている。午後の営業にはまだ2時間ほどある。


日本人だったら、普通はここで諦める。

ま、仕方がないね、また今度。となるはずである。


ましてや女子だったら、無駄毛処理してあったっけ? とか、いやーん、日焼け止め持って来てないしーとか、替えのパンツ持って来てないぞーとか、髪濡らしちゃったらどーするよーとか、いろいろある。

メイクよれたらどーしよーとかもね。


いかんせん、我がピサーノくんは「予想外、結構好き」と言うだけあって、町中のお店が全部閉まっているのに、まったくあきらめず町の人を見かけると「この近くで水着買えませんか?」と聞き続け、なんと1件開いてるところを探し当てました。


もちろん、そういっても水着の種類もあまりないし、サイズのバリエもありませんが、ひとまず、女性用、男性用の中から1枚づつチョイスして、試着。


私が選んだビキニは、イタリアサイズの46のワンサイズしかないと。

46と聞くとめっちゃでかいんじゃないのかー!!!!!と思ったけど、なにせビキニですから、布で隠す部分は極小です。爆


ひとまず、どこもこぼれることがないので、良しとしようとお店の人に伝える向こうで、すでに試着どころか着替えまで済ましたピサーノくんは二人分のバスタオルまで購入してました。

まさにマスターカードのCM。「お金で買えないものはマスターカード」 汗

「サイズOKだったら、着替えちゃいなよ。」



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スペルロンガで買った、スペルロンガの地名入り(爆)バスタオル
思い出の品ですね。




最近、イタリア人女性の男性になんでもしてもらう。男性になんでも買ってもらう。

彼のものは私のもの。しかもそれが当たり前な態度をよく目にする事があり、自分は絶対こうはなりたくないと思っていたので、そんなことまで、一瞬足かせになったんですよね。

そっか、私って頭で考え過ぎ、準備しすぎなんだなとちょびっと学びました。


こんな、いきなりの展開で、2017年の海開きいたしましたが、今回のどっきりにちゃんと乗っかれて、その瞬間を楽しめて良かったです。

イタリアは、まじに一瞬一瞬真剣勝負なことが多いっす。



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by viabellaitalia | 2017-06-27 00:18 | Buon viaggio通り | Comments(0)

聖なる森 怪物公園

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「明日はParco dei mostri 怪物公園に行くの!」


Mostra? 展覧会?」


「違う違う!MOSTRO(怪獣)で、 MOSTRA(展覧会)じゃないよ。」


「怪獣って・・・・恐竜とか?」


「・・・・・・・。ボ・・・・・ボルツァーノじゃなかった、ボマルツォにあるの。」


「ボ? ボルツァーノって北イタリアで日帰りは無理でしょ?」


「だーらーらー、ボマルツォ」


「・・・・どこ? どうしちゃったの? 今日は全然、きみのイタリア語わかんない。」



最近、日本の観光のお客様の間ではかなり有名なボマルツォの怪物公園、意外にイタリアでは、それほどメジャーじゃないのかしらん?

トスカーナのアウトレットに買付に行く途中、ローマから北上する高速を飛ばして1時間強くらいのところに、「ここ降りたら怪物公園」という標識を目にする度に、行きたいと思っていたボマルツォの怪物公園はラツィオ州ヴィテルボ県の小さな町にあります。


なんと先日見に行ったティボリのエステ家の別邸 Villa d'Esteの世界遺産にもなっている噴水公園の建築家ピッコロ リゴーリオ作です。

って、ルネッサンス期です。その当時にこの土地の領主だったオルシーニ家のピエール フランチェスコ オルシーニが最愛の妻ジュリア ファルネーゼ(チェーザレ ボルジアのお母さんと同じ名前だけど、別人です)の亡き後、その悲しみを紛らわせるために庭園を作られたそうです。


チェーザレ ボルジアのお母さん、ジュリア ファルネーゼは絶世の美女だったと有名ですが、同姓同名のこの奥様もさぞかしきれいな方だったんでしょう。


森の中の彫像のひとつ、眠れる女と題された像の横には貞節のシンボルである犬の像が森に横たわる女性の寝顔を見守っていました。


この構図にふとルッカのサン マルティーノ大聖堂で見たイラリア デル カレットの彫像を思い出しました。こちらも亡き妻を思い当時のルッカの統治者だったパオロ ギニージが作らせたもので、もしかしたら、この眠れる女はオルシーニの王子様もギジーニと同じような想いで作らせたのではないでしょうか。グロテスクな彫像が一杯の怪物公園もその成り立ちは愛の物語なんだな。




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悲嘆にくれたピエールフランチェスコ オルシーニの死後、この庭園は彼の死とともに忘れ去られ歴史の中に埋もれてしまっていたのを1951年にたまたまこの広大な土地を購入した不動産家ジョバンニ ベッティーニが発見し、再整備をして公開されたものです。

なので、公開は意外に最近のお話です。イタリア、特にローマがあるラツィオ州は見るもの一杯あるのでら、20世紀になってからの発見なんてものは、まだ知られるのには日が浅いのかしら?


昨日は新緑の季節で、お天気も良く怪物たちにお出迎えされる公園探索も気持ちが良いものでしたが、ここは曇りとか冬などの季節は結構、怖いかもです。



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by viabellaitalia | 2017-05-22 20:52 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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10年越しの願いが叶ってティボリに来たからには、もう1カ所見逃すわけにはいかないでしょ! と鼻息荒くGoGoしたのはヴィッラ デステ。


ヴィッラ アドリアーナから車で11分という近場なのに、道に迷いました。

休日だったので、ティボリの旧市街に入るところの車道が通行止めで、ナビはここをまっすぐ行けと指示を出すも、入って行けないよー!!!!! もう! ミカのグーグルナビ使えねー!!!とか散々言われてぐーるぐーる。

3回目に諦めて車を放置して旧市街に入り込んだときに、すでに携帯の充電は17%。はい。せっかくの世界遺産の写真が途中から撮影できませんでした。



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ヴィッラ デステ。エステ家の別荘というこのお屋敷。エステ家って北イタリアはモデナあたりの貴族じゃなかったっけ???? なんでローマに?とずーっと納得が行かなかったんです。

帰って来た後ですがお勉強して納得。ルクレチア ボルジアが最後に嫁いだ先フェッラーラのアルフォンソ デ エステとの間の子供で枢機卿までなったイッポリート2世が隠居生活の場としてティボリのこの場所におちついたわけで。

敷地内の庭園がとにかくすごいです。イタリア一の噴水庭園だそうで、500もの噴水の仕掛けがあります。どうして16世紀なんて時代にこんな仕掛けができたのか、もう・・・・・言葉にならない。



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16世紀の水のエンターテイメントパーク! しかも水源は近くを通る川の水を引き込んでいるわけで、その工事から庭園建設が始まっているわけでしょ?

人間の創造力ってすごいです。

見学は旧市街の広場に面したお屋敷から始まりますが、お屋敷の随所にね、おトイレが設置されていまして、あたくし、去年から結石をやっていますもので、トイレ場所確認は必須。イタリアって公の場所でトイレ探し、結構大変なんですが、ここのお屋敷は結構あります。

これも、庭園に出てみて、納得。500もの噴水がありますので、もう水音もすごい、で、人間、生理現象ですね、トイレに行きたくなります。笑



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庭園に出ちゃってからはトイレの場所まで戻るの大変なので、先に行っておくの、重要な観光ポイントだと思います。


お屋敷も庭園も完成を見ずにイッポリート卿は亡くなられたようで、その後建設をいろんな人が引き継いだので、お屋敷内の壁を飾る絵のモチーフの年代にかなり幅があります。


庭園内では、ゆっくりベンチに座って本を呼んでいる人や、お友達とおしゃべりをしているグループなんかも。

がきんちょたちは・・・・・彫刻の美女の乳首から吹き出す水で遊んでおりました。



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100mもの高さに吹き上がる水しぶきをかぶっちゃったり、100個もある噴水口のお顔を楽しんじゃったり、世界遺産エンターテイメント パークでした。







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by viabellaitalia | 2017-05-05 23:34 | Buon viaggio通り | Comments(2)

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「あら! ヴィッラ アドリアーナに行って来たの? ふふふふ、あたしの別荘ね。」とにっこり笑うのは近所の仲良しお婆ちゃんのアドリアーナ

文法的には間違ってない。 笑




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先週末は念願かなってティボリにあるヴィッラ アドリアーナに行ってきました。

テルマエロマエでも有名なハドリアヌス帝の夏の別荘です。って皇帝もまさかこういう冠詞がつくとは思わなかっただろうけど、ウィキペディアでもハドリアヌスが登場する作品の筆頭にテルマエロマエが出て来ちゃう。笑


実はうちから車で30分ほどの距離なんですが、この世界遺産、交通が不便。ローマからでもバスですが、郊外からだとたかだか30kmほどの距離に数回バス乗り継ぎで、無理。

だってイタリアの郊外バスって本当にいつ通るか予想できないんだもーん。


それにしても広かったです。敷地面積1,2平方キロメートル。たった一人の皇帝のためにこんなすごいもの作れちゃった古代ローマ人はすごい。建設に費やした時間もたった15年。敷地内には30ほどの巨大な建物があります。

空にそびえたっちゃう古代の温水プール跡の天井のレンガとか見ちゃうと、機械がない時代ですから、ひとつひとつ手作業だったんだよね・・・・と思うと感慨深い。



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現代の古代ローマ人の末裔たちなんか、ローマのしがない田舎町バルモントーネ駅に隣接するちっちゃな立体駐車場さえ、本当は2003年にできあがるはずだったんですけど、今年は2017年でしたよね。。。。。


ハドリアヌス帝は別名「旅する皇帝」と呼ばれるくらい在位期間中に属州視察を多くしたらしく、旅先で感動しちゃった建築物や建築スタイルをまねたものもこの別荘跡に作らせたそうですが、とにかく広いから、別荘でゆっくりとしたくても、ちょっと図書館で本読むぞーと1km徒歩とか、温水プールのサウナに入りたいわーと思って1km移動って、大変じゃん!

広大な敷地の警護にあたる兵士もさぞかし多かったんだろうな。

警備の兵士たちの兵舎がすでに数階建てでございますが、なにか起こっても、すぐ現地に到着できないじゃん。



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長い小池の端のアーチにたたずむぷりケツの美青年の彫刻を見て、思い出しました。

そうでしたハドリアヌスさんにはアンティノウスという最愛の愛人さんがいたんでした。

ローマ郊外のワイン生産車Casale del Giglioにはこの青年の名前がついたワインもございます。



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ローマ郊外で交通が不便でもやっぱり一見の価値ありです。









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by viabellaitalia | 2017-05-04 20:11 | Buon viaggio通り | Comments(0)