カテゴリ:Buon viaggio通り( 24 )

ぴーかんローマ

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「寒さもおまえの誕生日まで」とは我が母の言葉です。


彼女の中ではどうやら私の誕生日が過ぎたら春の到来と決めているらしいですが、確かにローマだと2月20日過ぎあたりから、なんとなく春の兆しがチラホラ。

今年もこの週末、日曜日だった昨日は、なんと20度行きました。暖かいを超えて、太陽が痛かった。


空が蒼い。ぴーかんローマ。



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ヴェネツィア広場のヴィットリオ エマヌエーレ2世記念堂の屋上テラスでローマの360度パノラマを見て来ました。

ローマってパリのエッフェル塔や、東京みたいに高い塔がないので、こんなに高いところからローマの街を見回したのは初めてでした。

フォロロマーノに、コロッセオ、バチカンのクーポラも見えるし、7つの丘の街と呼ばれるローマだけど、サッカーのスタジオ・オリンピコがある方向に、低めの山が見える。

おおおおお、なーるほど! あそこってモンテマリオ地区(マリオ山)

なんて、なんでモンテ(山)なの?????と思っていたところが初めて判明しました。コロッセオのずーっと向こうの山はカステッリロマーニと呼ばれるローマ郊外の街が続く山も見えます。

この山のさらに奥に鉄の丘もありまーす。

こうやって上から見ると、やっぱりローマは大きいです。







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by viabellaitalia | 2017-02-27 20:43 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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海洋国家で繁栄していた頃のピサの港は、現在と比べると随分内陸部にあったそうです。

ピサの中心地区から6、7キロ、海の方へ向かうと道にたサン ピエトロ ア グラード聖堂があります。

昔はここまで海岸線が来ていて、アルノ河の河口の船着き場だったそうですが、現在ではここからさらに数キロ車を走らせないと海岸線はまだまだ遠い。


ローマの金ぴかな教会を見慣れている私には、ピサの地元サン ジュリアーノ産の石が組まれた教会はなんだか新鮮に映る。

しかも、よくよく見ると組まれた石の間にときどき年代が違う装飾が施された大理石なんかも見られ、なんだか時代のパズル、モザイクみたいで面白い。



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ここは、紀元後42、44年頃に聖ペテロがアンティオキアから船でローマに向かう途中に嵐に見舞われ、辿り着いた場所。イタリアで初めてミサをした場所と伝えられています。

聖堂の中には聖ペテロの祭壇跡があり、その上に中世に教会が作られていて2重になっています。


聖ペテロはカトリック教会の最初の教皇ですから、ここからイタリアのキリスト教が始まったとも言える場所ではないでしょうか?


元旦の朝、これからローマに帰るけど、まだ出発するには早いよねーなちょっとした空き時間に「見せたいものがあるんだ」と連れて行かれた聖堂。

普段はあまり中は開放されていないらしいのが、元旦の朝だったからでしょうか? 特別公開されていて中を見る事ができました。

ピサはやっぱり斜塔が有名だし、しかも町外れのちょっと寂れた(すみません)教会に、こんなすごい伝説があるとは、想像もしてませんでした。


イタリアってすごいです。






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by viabellaitalia | 2017-02-10 20:26 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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「ねえ、この入り口、なんか入ってくださーいって誘われてる(招待されている)感じしない?」


とイタリア人が指差す先は・・・・・・・・エトルリア人たちのお墓跡。


お箱に招待されても、困るでしょーに!!!!!!とつっこみたいが、意外にもイタリアって墓地巡りとかの観光スポットあります。


あたし、18年前にポンペイに行ったときに、なにか拾っちゃったみたいで、その夜は一晩中金縛りや、誰かの話し声、ホテルの部屋を歩き回る足音を聞いて以来、なるべくこういうスポットは避けています。

幸いなことにポンペイ以外ではイタリア暮らし、こんな怖い目に合っていません。


今回、突然に連れていってもらった広大な自然公園は、そのまんまエトルリア人たちが暮らしていた土地。

公園入り口の周りに大きな墳墓が何個もあります。3000年以上前にこの地帯で暮らしていたエトルリア人たち、永久に眠る場所を海が見える崇高明媚な場所に決めていたらしい。

「今日のは、かなり時間かかるから、まずはさきに腹ごしらえしておこう。」


って? 墳墓はもう目の前にあるでしょーに?


「いやいや、今日は、一番長いルートは今、閉まっているって言ってたし、その次の赤ラインコースは足場悪いので、トレッキングシューズないと難しいって言ってたし、ミカのブーツで行ける中級コースを回ろう。」



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と、てっきり森の中のトレッキングと思いきや、森の中、まるごとエトルリア人の墓巡りコースでございました。 汗

軽めのコースとは言え、あたしゃあ、ヒールは低いけど、ブーツですぜぃ! そのままアペリティーボに行けます!な出で立ちだっていうのに、まじにノリはトレッキングで坂道のぼりーの下りーの道を歩く事小一時間で、やっと小山全部、まるごと墓所のポイントにたどり着きます。ぜいぜい・・・・・。

そこから山の中腹にほとんど2メートル毎ごとに掘られて作られた墓地を見ながら森の中を彷徨い歩くのが、またまた1時間。ぜいぜい・・・・・・・。

で、帰りに公園入り口までまた小1時間徒歩。

この日は万歩計なんかあっと言う間に1万歩ぶっちぎりました。


エトルリア人たちの墓地、ひとつひとつは小さいけど、一山全部集合墓地でどうやら最大規模だそうです。森の中には墓地を作る際に使われた石切場跡があり、周りをぐるっと掘ったまんま、石を切り出さずに放置されたもの、あり、3000年も前にどうやって石を切り出していたのかがそのまま見れます。

小さな墓地に誘われて 汗 入ってみると、意外に中は広く左右に多分遺体を埋葬したであろうベットが掘られています。ちゃんと枕の部分は高くなっています。

「すごいだろ? ねえ、写真撮んなよ!」と言われても、なんか写っちゃったら怖いから撮れない。

各お墓の入り口には大きな石で封をしてあったそうですが、中にはお墓の中にフレスコ画で装飾を施されたものもあるそうですが、現在傷みがひどいのでこちらの華麗なお墓は見物ができません。

見物といっても、イタリアのすごいところは、そのまんま入っちゃうことができるってことですよね。

3000年前のエトルリア人たちにはフレスコ画で壁を飾る習慣はなかったそうなので、もしかしたら近隣に住む他の民族、多分古代コーマ人との交流があり、もしかしたらそのお墓の持ち主はエトルリア人ではなく、近隣民族出身の人だったかも、でもどーしてエトルリア人の集合墓所に?と、まだはっきり研究はされていないそうです。

なにせ、イタリアは地下を掘れば、どこからもいろんなものが出て来ちゃうので、保存も研究にもお金が回りきらず、常に資金不足。

大きな森を全部集合墓所にしちゃったエトルリア人たち。木々の向こうにはきれいな湾が見える静かな場所。3000年前、この風景を見てどんな暮らしをしていたんだろう。


3時間ほどの中級コースを終えた跡は 公園入り口近くの海岸に作られた墳墓巡り。

こちらは本当に正確に石が積まれてまったく隙間がない。墳墓の形ではなく、家の形をしたものもある。外には多分・・・・石棺かな? 大きな石棺の横に小さな石棺が並ぶ、多分家族のお墓。

妙に生活を想像させる遺跡たち。



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「さあ、あっちにも行ってみようよ。」と別の墳墓を目指すイタリア人。って、ちょっと日本人的に驚くのはこういった墳墓群の一つ一つをつなぐ道がない。それぞれ雑草を踏みしめて好きずきに道順を作ってゆくイタリア人たち。

雑草の原っぱを先に歩くイタリア人の後ろ姿を眺めていたら、ふと私の中で時空が飛ぶ。


3000年前にこの原っぱを歩いていたエトルリア人たちのDNAの欠片が、私の前を歩く彼の中にもあるはず。そうか、イタリア人の彼は21世紀のエトルリア人なんだ。

わたしは? 欠片もないな、うん。笑

でも今回は変なものもひろわず、3000年前の生活を過今見させていただいたのも、なんなく肌が合うというか違和感を感じなかったのは、もしかして過去に私はここにいたのかも。






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by viabellaitalia | 2017-01-24 01:10 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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地理に弱いMIKAでございます。

サンガルガーノ修道院に行ってみたい!とずっと思っていたんですが、ずっとプーリアのガルガーノにあるんだと思っていました。


私を混乱させた理由は、日本語発音のガルガーノ。これがね、GALGANOGARGANOじゃなかったの。てへ。

プーリアの海辺の地方はGARGANO ガルガーノ

私が行きたかった伝説の聖ガルガーノ修道院はトスカーナ。GALGANOと書いてガルガーノと呼ぶ。


LとRの違い。日本人泣かせな名前です。


屋根がなく、廃墟と化した修道院跡。とても不思議な空間です。この修道院の裏の丘を登った教会には伝説の聖ガルガーノの剣があります。

岩に突き刺さった剣って、あれ? アーサ王じゃなかったっけ????? なんでイタリアなの??????と地名どころか最初っからよくわからないミステリーゾーンだったので、もう絶対いつか行きたいと思っていたところのひとつ。



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12世紀の半ば、この修道院の近く、今のシエナ県出身の結構やんちゃさんだった騎士ガルガーノ(のちに聖ガルガーノ)が、ある日大天使ミカエルより「物欲を捨てよ」と啓示を受けます。

それは岩に剣を突き立てるごとく難解なことと反発心から岩に剣を突き立てると、これがいかにもあっけなく刺さっちゃった訳で。

この日よりこの剣を十字架に見立て、彼は祈りの道を歩んだのですが、800年経った今もこの剣が残っているんですよね。昔はアーサー王の伝説をまねた偽物じゃないかと言われたこともあったそうですが、つい15年ほど前に放射性炭素年代測定法による調査も入ったそうですが、伝説と年代がみごとにマッチしたそうです。


この日は先にネクロポリスを見て時間があったら、どこか回ろうかなくらいで、いきなり決めたために、前情報もなくその場でGoggleマップさんにナビをお願いして、車をし恵那の丘陵地帯をくねくねと一時間ほど走らせていたら、いきなり、「後600メートルで目的地に到着です。」とアナウンスが入ったとき、大慌てでまわりをキョロキョロ。

廃墟をトスカーナの糸杉の列の向こうに見つけたときは感激しました。



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しかも、冬至の後のこの時期は早く太陽が沈んでしまう。そんな季節の午後、本当に最後の太陽の光に照らされた修道院跡の回廊が、まるで照明がついてるかのような光の加減で、

なんだかすごい天からの贈り物をいただいたみたいで大感動しちゃいました。



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後から聖ガルガーノの伝説を詳しく読んで、このときの胸の中にわき上がった感動がなんだったのか、ちょっぴり納得。

聖ガルガーノを導いたのは私が勝手に決めちゃってる私の守護天使、大天使ミカエル。

私は、世俗は捨てれませんが、きっとなにかのお導きだったんだろうな 笑





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by viabellaitalia | 2017-01-18 01:46 | Buon viaggio通り | Comments(0)

ちょっとルッカまで

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最近急にトスカーナづいています。今週末もちょっとルッカまでお買い物代行。


大学を出て働き始めてから時間がなくなり、大好きだった漫画やアニメも追わなくなり、すっかり浦島太郎さんな私が行ったのはヨーロッパ最大級のコミックス&ゲームス。

トスカーナの小都市ルッカで行われるこのイベント、凄かったです。この日のために本当にヨーロッパ中からお客様たちが来るし、日本からも一杯来るらしく、小さな町のキャパシティーぎりぎり。でもイタリアなのに、なかなかオーガナイズがしっかりしているのは、さすがトスカーナ州かもです。


この日のために、しっかりコスプレしてくる方々も多く、しかも時期がハロウィーンと重なって、パビリオンを見てまわるのも楽しいけど、町行くコスプレさんたちを見るのも楽しい。

コスプレで、まったく素性がわからない系の人は、さすがに今の時代ですから、警備に当たっている軍警察や陸軍兵士にチェック受けてましたが、一人、本当に怪しい感じで、普通の陸軍の制服に頭はヘルメットの上から藁をかぶり、顔もマスクをしてという扮装の人を見かけたときは、ちょっと怖かったです。ちょっと距離を置いてみましたが、私と同じくジャパンタウン(日本系のパビリオン)前で、もう一度チェックがあるのを確認すると、さーっと列から外れていったのが余計怖かったです。汗 



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平和なコスプレグループ



実はこの夏に下見をかねて一度来ていたので、私にとっては再訪で、夏に訪れたアンフィテアトロ広場に行ったときはちょっと感動しちゃいました。


イタリアに住んで10年以上になるけど、隣の州のトスカーナは私にはかなり遠かったのに、急にこんなにちょくちょく行けるようになってびっくりしてます。

ちなみに・・・・・また明日もトスカーナに仕事で行きます。爆


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by viabellaitalia | 2016-11-02 19:16 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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お仕事前にちょっとコーヒーを1杯飲んで気合いを入れるよー!


どこで飲む?


・・・・・


で、ちょうど目の前にあったグッチ カフェへ。


1階、2階とグッチのお店で最上階のテラスがレストランとカフェになっているグッチ カフェは、ちょうどお昼ご飯の時間に重なったのもあるけど、半分セルフサービスシステムなので、どこも長蛇の列だったけど、各コーナの店員たちがとってもにこやかに、そしてテキパキと働いていて気持ちが良い。

イタリアはウエィトター、ウェイトレスの服装は白のブラウスに黒のボトムスとほぼ決まっているけど、ここのカフェで働く人たちは、みんな、お店の店員さんたちと同じ、黒服 (笑


オーダーしたパニーノを「暖めますか?」と聞いてくれたガラスケースの向こうの女性も黒服、コーヒーマシーンを操るバールマンも黒服。

さらに、どこか開いてる席ないかな?とパニーノを乗せたお盆を持ってうろちょろしてたら、一流ブティックのドアに立つ、あの強面のガッテン系の黒服さんがにこやかに、空席を探してくれた。

軽やかな身のこなしで、テーブルの上も片付けてくれる。

心地はいいんだけど、ちょっと異空間 (笑


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向こうの席では多分休憩中なんだろうな、黒服2人組みがお昼ご飯を普通のお客さんと交じって食べてるのが、なんとも微笑ましいカフェでした。



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by viabellaitalia | 2016-10-21 18:55 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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毎年、9月になってもまだ海に行けるくらいイタリアは暖かいと高を括るんですが、どーしてどしーて、ローマ近辺は急に雨の日が続き、雨が止む頃には、「うーん、ちょっとビキニになるには勇気がいるかも。」


で、結局9月以降は海に行かずに来年を待つ。


これが同じイタリアでも南に住む友達たちは「海は9月最高ですよー! 人居ないし、水きれいだし、まだまだ暑い!」 


イタリアって南北に長いんだなと実感する季節です。

それでも、今年はなんと人生初! 9月の最後の週末に海に行ってきました。

しかも泳いじゃいました。水の中はまだ暖かいけど、水から出る顔がすでにさぶい 笑


今回はローマ近郊、ローマっこの海水浴場オスティア。

オスティアはいつもは水が・・・・・・・茶色なんであまり、嬉しくないんですが、どうしてどうして9月はオスティアの海も水がきれいだった! 足元がね、ちゃんと透明で見えた!


今回はオスティアの町からちょっと外れた海の家に。

いつもの友達たちとの海水浴はリュックにビーチタオルとおにぎりをつめて!な出で立ちですが、今回はちょっとおしゃれをして、海を眺めながら海の幸ランチ。

それから水着に着替えて砂浜でお昼寝。ガビーナと呼ばれる温水シャワーが出たり、着替えとかできるところを借りるといつもならめっちゃ高いですが、9月は割引もあり。

ランチでお腹ポンポンになった後にビキニは、痛い・・・・・けど、仕方がない。



少し余裕がある9月のローマ旅行ならこんな一日を過ごすのはいかがでしょう?

ローマからはオスティア線の電車も出ているので、アクセスも便利です。ちょっぴり地中海バカンスを感じれるかも。








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by viabellaitalia | 2016-10-13 19:52 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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トスカーナのドイツと呼ばれた小さな町、サン ミニアート。町の丘に建つフェデリコ2世(フリードリッヒ世)の要塞の塔が目印。


1週間のトスカーナの休日を終えローマの田舎に帰る道、ピサからのスーペルストラーダからもフェデリコ2世の塔が見えた。


イタリアではよく、ものすごーく素敵、もうとっておきの素敵なことを「宝石」と呼ぶけど、私的にはサン ミアニアートはまさにトスカーナの小さな宝石って呼びたい。


現在はピサ県の本当に小さな町、サン ミニアートの起源はかなり古い。713年に書かれた公文書にその町の存在がすでに記載されている。当時はゲルマン系のランゴバルド王国のひとつの町だったそうで、王国が滅ぼされた後もしばらくはトスカーナのドイツと呼ばれていたそうです。


町の入り口の門横には昔の地図の壁画があり、ここも中世の雰因気がそのまま残った町です。町に入るとすぐエノテカやバールが軒を列ね、失礼だけど、こんな辺鄙な小さな町なのになんだか活気がある。

町の人たちでにぎやかな道を1本過ぎると、いきなり現れる聖職者の学校、宿舎として17世紀中頃に作られた建物の外壁の装飾に圧倒されます。



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ドウォーモの横の上がり、ファデリコ2世の塔のところまで登る。

この塔はサン ジャミアーノなどの住居としての塔ではないので、敵の動きを監視する要塞の塔ですから、高いことに意味がある!

第二次世界大戦時にこの区画にあった遺跡などはことごとく壊されたそうですが、この塔だけは後年修復されたそうです。


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ランゴバルド、そしてフェデリコ2世と強者どもが夢の後な丘を下り、お腹が空いて来たので、この日はサン ミニアートでご飯。


町にはトスカーナの美味しいものの代表的なサラミ専門のレストランやビステッカ専門店もあったけど、私たちが選んだのはこじんまりとしたオステリア。

いや、私が選びました。友達、実はこの店を知っていたのですが、知らない振りをして数件のレストランの佇まいを私に見せ、「今夜はどこがいい? ミカの好きなところに行こう。」と言うので、なにせがっつり肉という気分ではなかった(ほんの8時間前に救急病院を退院した身です)ので(笑 ローマで食べれないものが食べれそうなところをセレクトいたしましたが、大当たりでした!


ここサン ミニアートはタルトゥーフォ、トリフェですね、黒もそして白も有名なんだそうです。

このチャンスは逃せないでしょー!!!!

こじんまりとしたオステリア、すでに予約客で一杯だったんですが、なんとか二人分席を作っていただき、こんな美味しいトリフェ料理食べた事ないいいいいいいいい!!!なお食事になりました。

実はあまりトリフェ好きじゃなかったんです。なんかガスっぽい匂いが嫌で。本当のほんまもんのトリフェ、しかもふんだんに使われているのに主張しすぎることもなく、他の食材との相乗効果で、人間、本当に美味しいものを食べたときって無言になる。状態で、ただひたすら、唸りながら食べました。

トリフェってこういう使い方もあるんだ!って、大発見でした。


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夜10時からしか開かないカフェとかね、サン ミニアート、ただの田舎ではございません。

カフェのテラス席で夜景を見ながら食後酒とかね。

本当にトスカーナの小さな宝石でした。


きつつきの名前のオステリア、ぜひ探してみて!






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by viabellaitalia | 2016-09-21 19:56 | Buon viaggio通り | Comments(0)

ピストイアはここです。

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道産子の私は・・・・白状しましょう。地理に弱いです。高校生のとき、実はガリ勉くんだったあたくし。先生たちも一目置いてくれちゃっている存在でしたが、とある自習時間に出た白地図に都道府県と県庁所在地を埋める・・・・・、埋めれませんでした(汗


「おいおいおいおい!!! なんだよこれ? ほそかわあああああ! 仙台県なんてないぞ!」


だって、北海道ってどこまで行っても北海道で、行き着く先はすべて海。他の都府県を覚える必要がなかった。


で、当然イタリアの地理も弱いです。確かにこういう基本って学校で習うもので、大人になってから来ちゃったから、習う機会もなく、日常生活に必要なところはその都度、地図を見ては、自分の中のイタリアの白地図を埋めていってますが、イタリアってアルファベットのスペリングに各都市の名前を使います。

これでアルファベットの数だけ、まだ行ったこともない都市名だけは覚えたけど、どこなのかは謎のままのところが多い。

幸いね、ローマの広告代理店に勤めていたときに、イラストレーター使いな私に社長がお願い!と持ち込んで来たのはイタリアの地図のトレース。

「州境いの線と主な都市名を入れておいてね。」

思いがけなく、イタリアの主要都市の所在地をお勉強する機会に恵まれた訳ですが、「主要」の枠から外れちゃった町は相変わらず謎のまま。



この夏も「Trentino トレンティーノに行く」と言う友人と話をしてて、どうも噛み合ない。


「ミカ・・・・もしかしてそれってプーリア州のターラント(Taranto)でしょ? 私が行くのは北イタリアのアルトアーディジェのトレンティーノ (Trentino)よ。」


めっちゃ反対方向やん・・・・・汗。


前置きが非常に長くなりましたが、ヴィンチ村の後に連れていってもらったピストイアも、実は北イタリアの町だと思っていました。気持ち的にはアドリア海側。って今回も全然違うじゃん!


そう、ピストイアもトスカーナです。フィレンツェのお隣のプラートのさらに横。

16世紀に短銃 ピストルの生産が盛んで、ピストルというのは実はピストイアの町の名前が語源だとか。


ここもまたトスカーナの他の町とはちょっと違った顔で、ドウォーモや教会の外壁の大理石の装飾が白と黒のしましま模様がとても個性的です。狭い道の両脇に並ぶ建物の屋根のひさしがやけに広い。ローマあたりで急に雨が降って来ちゃうと必死によそのおうちのベランダの下を歩いて雨に当たらないようにしますが、ピストイアはこうも屋根のひさしが広いから、雨降り時のお散歩が楽かも。(ってそんな事考えながら観光する人はいないって)


Piazza della salaと言う広場がちょっと他のイタリアの町にはない雰因気があります。

小さなキオスクみたいなお店が並んでいます。昔は市場として計画的に作られた区画だそうです。今はほとんどがカフェやエノテカ、レストランになっていて、観光の合間にゆっくりアペリティーボにお勧めです。


さてピストイアといえば! チェッポ病院!

創立が13世紀で今なお現役の市立病院です。外側の陶器装飾がとてもカラフルで有名です。

ブリオーニとデッラ ロッビアの2つの工房の手による彩色されたテラコッタ装飾は1515年が作業開始って、去年でちょうど500年ですが、時間の経過をまったく感じさせない瑞々しい色合いのままです。


行った時間が夕方で見学時間外だったので、今度はゆっくり中も見学したいです。


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by viabellaitalia | 2016-09-20 00:30 | Buon viaggio通り | Comments(0)

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先日書いたモンテリッジョーニから帰った後に、腎臓結石となりまして一晩、ピサの救急病院で過ごしてお昼にやっと退院。


幸い石は出ちゃったし、鎮痛剤も点滴で入っているので痛みはない。

久々に本当に一晩一睡もしない夜を過ごしたので、眠い・・・・・・・・。だけど折角の3年越しのバカンス。一日寝込んじゃうのはもったいないいいいいい!!!


ということで近場めぐりのトスカーナの休日 半日コースのまず最初は!


ヴィンチ村。 ルネッサンスの巨匠 レオナルド・ダ・ヴィンチの生まれ故郷。

ダ・ヴィンチって苗字がそのまま、「ヴィンチ村のレオナルドさん」ですもんね(笑


そういう村があるとは聞いていたけど、イタリアに住んでても州が変わっちゃうとほとんど知られていないんじゃないだろうか? 

私もフィレンツェ近郊に住む日本人画家のお友達から聞いてその存在を知った訳で。


一晩寝ていないところに車のサスペンションの揺れがね、めっちゃ気持ち良くって、トスカーナの丘陵地帯をくねくね、ゆらゆらずっと船漕いで、気がついたら着いてました(笑


しかも途中でギア側に私が倒れ込んだらしく、運転のじゃまとシートを思いっきり倒して輸送していただいたって感じです。(爆


村、そうまさに村! めっちゃちっちゃいところにレオナルド ダ ヴィンチの博物館があります。

彼が発明したかったいろんなプロジェクトのラフスケッチとその模型たち。

ん百年も前ですから、素材は木と紙とか布とか。

人間の創造力の豊かさと凄さ、そうまさに「凄み」を感じました。

イタリアに住むようになって、イタリア人の創造力、ファンタジーってもうDNAからして違うんじゃないか?と思わされることがありますが、まさに原点ですね、ここ。


町外れにレオナルドの生家があるということで行く事にしましたが、めっちゃ遠いじゃん! 車で行かないと、ちょっと徒歩で行くっていう距離じゃないです。



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小さなきっと祖末な感じのおうちなのに、暖炉はデカかった。


周りはトスカーナの丘が連なる大自然の中にぽつんと建つ生家。ってそれが残っているのがすごいよね。彼が生まれたのって1452年ですもの。今年で564年前と考えると感動。

彼の生家の窓から外を眺める。子供の頃の彼はこの景色をどんな風に見ていたんだろう。


彼の父親はレオナルドが生まれてすぐ、フィレンツェに引っ越ししたようですが、500年も前の時代、ちょっとフォレンツェにお引っ越しーとか仕事で赴任でーすとか、昨今、グローバルな時代と呼ばれてるけど、昔から私たち人間って距離をものともせず動いているよね。

放浪な人生を送りフランスの地で果てたレオナルド、彼は人生の最後にこの村、景色を思い出すことはあったのかな?








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by viabellaitalia | 2016-09-15 19:52 | Buon viaggio通り | Comments(0)