2017年 05月 16日 ( 1 )

地球の裏側にいても

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イタリアネタではないのですが、先日大学の恩師が退職を迎え、その記念に元教え子たちも一緒に出品をした「表現をする遺伝子展」という展覧会が開催されました。ここ数日はその展覧会に集まった元同級生たちと恩師の先生たちが仲良く収まった写真がどんどんフェイスブックにアップして来ます。


大学生活から実に30年以上の年月が経っているのですが、こんな風に集合できちゃったみんなが凄いのと、今でも変わらないみんなの笑顔を見てたら地球の裏側で心が熱くなっちゃいました。


同級生からも実はデータでも出品してくれたら、搬入やるよーとは声かけてもらっていたんですが、いかんせん、イタリア生活って本当に日々がサバイバルというか戦場で作品作りに集中できないだろうとパスしちゃったんですけど、こうやってみんなの顔を見たら、うーんもうちょっと頑張って挑戦すべきだったなと。



上の写真は卒業制作で作った自分史という本の1ページです。

大学の研究室の恩師たちの似顔絵。結構失礼な構図もありますが、許してね。


大学2年目に選択した編集デザインの卒業席作は自分の最初の20年史を1冊の本にする。

取材も資料集めも撮影も、編集デザインもレイアウトも製版作業も印刷も自分。


退職前に研究室を整理してたら、こんなのが出て来たよ!と恩師梅田先生が私の卒業制作を撮影してメッセンジャーで送ってくれたときはびっくりしました。当時3部作り、確か2部は大学に置いてきたけど「物持ちいいでしょ? 何回か研究室の引っ越しもあったけどずっと持ってたのよ。」という先生の言葉、とても嬉しかったです。


地元では絵が上手な方で、北海道などの展覧会などでは賞をもらうこともあったけど、図に乗って美大なんて、みんなそういう人が集まるところに行ったら、自分は全然だめじゃん!というのも思い知らされた大学生活。


まあ、特別私の作品がすごくて残っていたのではなく、納品がね・・・・遅れたの。てへ。

卒業展ぎりっぎりで 笑。多分それで先生たちも返却しそびれたってことだと思います。爆


今でこそ編集も印刷も全部コンピューターですが、当時はまだMacさえ、なんにも出来ない時代で 笑 

文字も写植機という機械で一文字一文字打って、現像して、脱字誤字があったら、カッターで一文字づつ切って貼って。レイアウトしてみたら、でかかったとか小さ過ぎと、また最初からやり直し。

印刷もシルクスクリーン。

各自に与えられた版は1枚なので、一版刷ったら色合わせにまた版を全部シンナーで洗い落として、もう一度版作りから。

「今思えば凄い課題よね。今の学生だったらできないかも。」とは当時を振り返った先生自らの感想。

確かに校舎中にシルクの版を洗うためのシンナー臭が充満しちゃって、作業していた学生が妙にハイだったり 笑

あの当時は指がシンナーで乾燥しちゃってひび割れてたわ。 笑

バスの中で立ったまま寝れたのも、あの卒業制作の時期。


作業が大詰めになったときは、安全管理のおじさんに追い出されるまでみんな大学に残り、そんな私たちのために、研究室の先生たちも夜遅くまで残ってくれて、挙げ句に炊出しまでしてくれたのも覚えてる。


母校は新しいことをやりたいという有志の先生たちが集まった若い大学で教授たちも講師の先生たちもみんな若かったのもあるのかな? 先生や教授たちに随分タメ口で梅ちゃん、きむっちとかのむっちとかあだ名で呼びかけてたっけ。


午後の専門講義の後、課題の絵を描いていると、なんか揺れるんですけど、地震?と思いきや、教授たちが校舎の屋上でテニスしてて校舎全体が揺れてたなんてことも。爆

最近は校舎も老朽化で改修工事が入ったようですが、みんな若かった。笑


一杯、いろんな思い出と本当にたくさん、いろんなことを学んだ2年間。一から築いた友情は30年経った今も色褪せない。

「君たちは、商業デザイナーになりたくてここに来たんで芸術家になろうとしてきたんじゃないんだから、この違いをしっかり肝に命じとくように。クライアントがあってのデザイナーなんだからね」という奈良先生の言葉はこの30年間忘れたことはない。

「クリエイティブな仕事をするにはね、自分の中に一杯宝物を溜め込むんだ。じゃないとなにも生み出せないぞ。」正確な言葉はちょっとあやふやだけど、これも教授たちが教えてくれた秘訣である。


入試試験の面接の際に、どんな質問をされるんだろう?とどきどきしていた私に「おおお、北海道ですか? もう雪降りましたン?」とたったこの一つの質問で、もう絶対落ちたと思っていた大学。


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このページは2月の末生まれの私、卒業制作の本当の佳境のときにやっと20歳になったので、
自分史最初の20年をやっとこの日にくくることが出来た、その当日に版を起こしたページです。


ここ数日、フェイスブックに上がって来るみんなの写真を見ては、こんなに素晴らしい2年間という時間を刻めた自分の人生を誇らしく思うのでありました。

地球の裏側から、梅田先生、お疲れさまでした。そしてこれからのご活躍楽しみにしています。







最後までおつきあいありがとうございます。Grazie per la visita!

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by viabellaitalia | 2017-05-16 23:41 | イタリア広場 | Comments(0)