2016年 05月 03日 ( 1 )

気持ちが疲労骨折

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って気持ちには骨がないので骨折しようがないんですけど。

昨日左手のギブスは取れたけど、気持ちが、ハートが疲労骨折。


久々に、イタリア人たちに嫌気がさし、もうちゃぶ台ひっくり返して日本に帰ろうかと思いました。

さて帰るにはカルロをどうやって連れて帰ろう・・・・・まで考えた。


事の発端は、イタリアならあまりにも日常茶飯事なことで、今更こんなことでこんなに怒っちゃった自分はまだまだ甘いな。なくらいなこと。


でも塵も積もれば、もう富士山状態。いや、イタリア的にエトナ山かな?

大噴火。マグマ大噴出。


なんのことはない。ドタキャンされたんです。


イタリア人となにか予定を立てたり、待ち合わせをするのって、ものすごーくやっかい。難しい。


例えば「土曜日開いてる? ランチしない?」とか日本人とだと、このとき「いいね!」とか「OK」とかなると、これは先約になり、お互い前日まで特別連絡を取らなくても、暗黙の了解で、その土曜日はこの用事のために開けてあり、ドタキャンって避けるよね?


イタリア人の場合は、どんなに早く言っておいても、これは先約にもなんにもならない。

そのとき、そのときの気分で変わるので、彼らのSiもOKも信じてはいけないのだ。


でも人の子ですもん、その人の口から出た言葉は信じる。いや信じたい。


「いつか、みかに〇〇を見せて上げたい。」

「今度、みかを〇〇に連れていってあげるね!」

「今度、〇〇に行かない?」


こんな言葉を信じて、ずーっと実現しないままになっていることが今ではきっと富士山よりも高くなっちゃっているに違いない。


だから、誰かと約束をするときは一応、向こうの言葉の裏を読む。

でも今回は、最初に「Si!」そして確認のつもりでさらに詳しく前の日に、明日は〇〇に行こうと、連れていきたいと伝えたときも返事は「Ok」だったので、信じちゃったわけで。


こうなるとせっかくだもの、日本人的には明日の約束のために、ちゃんと時間に間に合うように電車の時間を調べたり、家事やカルロのことなどの雑用を上手く片付けるように時間配分も考える。


同僚は「オーガナイズしすぎる」というけど、せっかく友人と楽しい時間を過ごしたいもの、その時間を開けるために自分の時間を組み立てる、何処が悪いのかわからない。


が、今回も。そう、今回が初めてじゃない。本当にイタリア人は男性も女性もそうで、私の週末はよくドタキャンで開いてしまう。


今回も土曜日のランチで、どこのレストランに行くまでは決めてあるけど、時間がはっきりしない。


なので、寝る前に「じゃあ、明日は〇〇時にレストランの前でね」とメッセージを送った。


で、朝起きたら「明日は仕事」という返信を見つける。


あの・・・・・昨日、行く事確認したよね?

でOKって言ったよね? なんで仕事が入っていること言ってくれなかったんだろう?


数週間前に会ったとき、この友達がこの日曜日に非常に危険な国、日本政府は渡航禁止にしている国にこれまた危険な仕事のために渡る決心をしたと話をしていた。

だから出発前に会おうねという話だったんだけど。


ついつい優しすぎる私は仕事と言ったって、お昼ご飯休憩はあるはず。

「じゃあ、私が会社の近くまで行こうか? そっちで軽くなにか食べようよ。」と提案してみた。


「仕事の後、お昼ご飯を招待してくれてる友達の家に行かないといけないから。」


おい。それってどういうことだ。昨日、土曜日は私とランチしようって話だったよね?

しかも、今朝、最初に今日は都合が悪くなったのは「仕事」だったよね?


なんじゃこりゃああああああああ!!!!!!!!!


ってここで怒る私は間違ってる訳?


こんなこと、本当に良くある。よくあるだけにもう本当に塵も積もっちゃって、もう我慢できない!


こんな不誠実な人はさっさとおさらばだ!とあーばよっ!と切ったけど、わたしの気持ちはぽきっぽきに折られちゃってまさに疲労困憊で疲労骨折だよ。


イタリア人の同僚に、週末の間にふくれあがった悲しさを吐露すると、「ミカ、それ向こうのNoを見逃しちゃってるよ。」


どこにNoがあるわけ?


「明日は仕事」これってNoだよ。それを君、向こうの会社近くまで行けるとか言ったって無理だって。


そう。前も全く別の友人と土曜日に美術の博覧会に行く約束をしていたのに、やっぱりその日の朝に「午前中は仕事」と言って来た人がいる。私は言葉通り受け、じゃあ午後ならと電車時間も変更し、「ローマに着いたら、一応電話して」と言われた通り、ローマ駅で電話したら、電話にも出ないという奴もいた。


「ミカ、そう言う輩のNoを見逃し過ぎ。こういう輩には別の提案なんかしたって意味ないんだよ。」


なんでイタリア人はNoが言えないわけ? 

先約があるから無理、No.

その日は仕事で無理。No.

君に全然興味ないから、会う気なんかないんだ。No.


はっきり言ってくれた方が、こんな思わせぶりなことしないでくれた方がずっといい。

こんな人たちのどこを信じれるんだろう?


1外国人がここで生きてゆくためには、心を許せる家族か友人が必要である。

でもこんなんばっかりじゃ、誰も信じれないじゃん。友達の口から出た言葉さえ信じようがないって、そんな国でこんな苦労して生きてく価値がるのかな?



で、結局、一筋の希望を、彼の友情を信じて馬鹿みたいにローマに行っちゃったので、一人で楽しんできました。

きっとこの写真を見る度、この悔しさ、悲しさがこみ上げちゃうんだろうな。



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by viabellaitalia | 2016-05-03 19:55 | イタリア広場 | Comments(0)