黒猫が欲しかったのに






昨日は、イタリアの保育園の御遊戯会? 発表会に珍入したZia Giapponese(日本人のおばちゃん)です。


店長のおちびちゃんが鉄の丘の保育園に入園したときですが、Zia Giapponeseは、両親がお迎えに来れなかった場合、緊急連絡先、あるいは緊急お子様預かり先として登録されました。笑


イタリアの学校は、多分子供の安全という観点からだと思いますが、両親、あるいは両親から学校側にちゃんと届け出が出されている人が子供たちの送り迎えをします。これは保育、幼稚園から中学校まで続きます。

今でこそ、かなり少なくなりましたが、昔は誘拐も多かったので子供だけの一人歩き、一人で登下校はまずないです。中学生くらいの子供が保護者なしで町中を歩いているのはジプシーの子供たちで、イタリア人の子供ではまずあり得ません。

話はちょっと外れますが、子供のときに誘拐されたという経験があるイタリア人も結構います。


送り迎え要員は大抵は両親、または祖父母というところですが、店長のおうちは二人とも、どちらの祖父母も700km彼方にお住まい。同じ町には親戚もいない。

で、ここで普通ならベビシッターさんか家政婦さんが登録されますが、店長のところは奥様専業主婦ですから、ベビーシッターも家政婦を雇う必要なし。ということでいざというときは、遠くの親戚より近くの他人、挙げ句に外国人(笑 の私が抜擢されまして。


「ということで、緊急時はこちらへ」と私の身分証明書、緊急連絡先などを提出いたしましたが、保育園の先生たち、私の名前、さらにイタリア語にはないHで始まる苗字が、「すみません・・・・あの・・・・架空人物(アニメのキャラクター)とかじゃないですよね?」って、おいおい。


なので、あたくし、存在しておりますということを見せに行く目的もありまして。


初めて見たイタリアの御遊戯会、噂には聞いていましたが、ゆるい。爆

舞台の上で子供それぞれ好き勝手な方向向いちゃって、誰も歌わないし、御遊戯もしない。笑 


なにもしない棒立ちの子供たちの観客たち(保護者)は手拍子に拍手喝采。ブラボー!!!の声もかかって、申し訳ないけど、そっちの方が笑える。


日本にいる3人の甥っ子、姪っ子たちは3人とも3年保育だったので、同じく3歳になったばっかりに御遊戯会がありましたが、改めて日本ってすごいわと思いました。


棒立ちの子供たちの真ん中で一生懸命場を盛り上げる歌手さんの歌に聞き覚えが。

違うよ、そこは音が上がるの! なんで下がるかな! 声が出ないのかな?と突っ込みそうになりまして。

なんで私、一緒にメロディーを歌えるのかしら?と思いきや、超懐かし昭和懐メロの黒猫のタンゴじゃございませんか!!!!


黒猫のタンゴって実はイタリアの童謡曲の日本語版リメイクなんだそうですね。イタリア語のオリジナル曲は「Volevo un gatto nero 黒猫が欲しかったに」


ちなみに日本語版の方は「大人のための子供の童謡」だそうで、確かにイタリアのオリジナル曲より歌詞がおませです。








最後までおつきあいありがとうございます。Grazie per la visita!

[PR]
# by viabellaitalia | 2017-05-24 19:25 | イタリア広場 | Comments(0)

聖なる森 怪物公園

d0346364_20252961.jpg



「明日はParco dei mostri 怪物公園に行くの!」


Mostra? 展覧会?」


「違う違う!MOSTRO(怪獣)で、 MOSTRA(展覧会)じゃないよ。」


「怪獣って・・・・恐竜とか?」


「・・・・・・・。ボ・・・・・ボルツァーノじゃなかった、ボマルツォにあるの。」


「ボ? ボルツァーノって北イタリアで日帰りは無理でしょ?」


「だーらーらー、ボマルツォ」


「・・・・どこ? どうしちゃったの? 今日は全然、きみのイタリア語わかんない。」



最近、日本の観光のお客様の間ではかなり有名なボマルツォの怪物公園、意外にイタリアでは、それほどメジャーじゃないのかしらん?

トスカーナのアウトレットに買付に行く途中、ローマから北上する高速を飛ばして1時間強くらいのところに、「ここ降りたら怪物公園」という標識を目にする度に、行きたいと思っていたボマルツォの怪物公園はラツィオ州ヴィテルボ県の小さな町にあります。


なんと先日見に行ったティボリのエステ家の別邸 Villa d'Esteの世界遺産にもなっている噴水公園の建築家ピッコロ リゴーリオ作です。

って、ルネッサンス期です。その当時にこの土地の領主だったオルシーニ家のピエール フランチェスコ オルシーニが最愛の妻ジュリア ファルネーゼ(チェーザレ ボルジアのお母さんと同じ名前だけど、別人です)の亡き後、その悲しみを紛らわせるために庭園を作られたそうです。


チェーザレ ボルジアのお母さん、ジュリア ファルネーゼは絶世の美女だったと有名ですが、同姓同名のこの奥様もさぞかしきれいな方だったんでしょう。


森の中の彫像のひとつ、眠れる女と題された像の横には貞節のシンボルである犬の像が森に横たわる女性の寝顔を見守っていました。


この構図にふとルッカのサン マルティーノ大聖堂で見たイラリア デル カレットの彫像を思い出しました。こちらも亡き妻を思い当時のルッカの統治者だったパオロ ギニージが作らせたもので、もしかしたら、この眠れる女はオルシーニの王子様もギジーニと同じような想いで作らせたのではないでしょうか。グロテスクな彫像が一杯の怪物公園もその成り立ちは愛の物語なんだな。




d0346364_20280512.jpg



悲嘆にくれたピエールフランチェスコ オルシーニの死後、この庭園は彼の死とともに忘れ去られ歴史の中に埋もれてしまっていたのを1951年にたまたまこの広大な土地を購入した不動産家ジョバンニ ベッティーニが発見し、再整備をして公開されたものです。

なので、公開は意外に最近のお話です。イタリア、特にローマがあるラツィオ州は見るもの一杯あるのでら、20世紀になってからの発見なんてものは、まだ知られるのには日が浅いのかしら?


昨日は新緑の季節で、お天気も良く怪物たちにお出迎えされる公園探索も気持ちが良いものでしたが、ここは曇りとか冬などの季節は結構、怖いかもです。



d0346364_20303083.jpg





最後までおつきあいありがとうございます。Grazie per la visita!

[PR]
# by viabellaitalia | 2017-05-22 20:52 | Buon viaggio通り | Comments(0)

d0346364_19325370.jpg


犬のカルロでさえ、自分のものに手をだされたら嫌ですと意思表示するし、

彼は私のものを勝手には触らないし、かじらないんだけどな。




私のものは私のもの。他人のものも私のもの。


いや、違うっしょ? と思うのは私が日本人で、イタリア人とは違う常識を持っているからである。


常識は一般常識とも呼ばれるが、実は一般的なものではない。


イタリアに長く暮らしていると、いや、ここまで違う? これを文化の違いって言っちゃうの? これは「常識がない。」ってことじゃないの?と頭をがつんとやられることが多々ある。


「いや、文化の違い。」とひとくくりにされると、なんだか立ち位置、足元をすくわれた思いになる。


「ミカだって、こんなに長くイタリアに暮らしているんだから、学びなよ。ここはイタリアで、サムライしてたってダメだよ。」


なんて言われたら、ここで生きてゆく気持ちも萎える。

一体、私はどこに行き着いてしまったのだろう・・・・・・・・。


私は常識なしの人間にはなりたくない。なれないだけに常識がない人に自分の領域を荒らされるのには腹が立つ。


例えば、この「他人のものも自分のもの。」

間借りをしていた頃、家に帰ったら同居人が私のベットで、私が買ってまだ読んでいなかった雑誌を勝手に包装を外して読んでいた。この図はキレる。


自分の食材や洗剤を同居人が勝手に食べたり、使っちゃっていて、いざ調理をしようとしたらないとか、洗濯しようとしたら洗剤が空箱になっていたとか、怒る。


ローマで働いていたときだ。通勤途中で買った新聞を仕事中に広げて読むわけにもいかないのでと、自分の机の上に置いておいたら、昼休みから帰ってきたら、見当たらない。あれ?と思っていたところに同じく昼休みから帰ってきたイタリア人の同僚が私の新聞をぽんと私の机になにも言わずに置いてゆくのは、怒る。

読んでもいい?とか、借りてたとか一言言えんのか? 


さらにイタリア人のカップルの私のものは私のものだけど、あなたのものは私のもの。というのも嫌いである。

彼の家も、彼の車も彼の職場さえも自動的に自分のものと見なす、この感覚が私にはないし、できない。

でも、そんな距離感がイタリア人には冷たいとか、水臭いとかに映るらしい。

特に職場、仕事に関してはきっぱり私は公私を分けたいので、仕事中にたらたら電話してくるとかチャット送って来る男性もだめである。


でもだ。

ここはイタリアなので私の職場には、同僚たちの彼女や奥さんや子供がよくやって来る。実際肉体が来ないときは電話がかかってきて、その存在アピールしてくる。

別に、訪問してくることは問題ではないが、まるで自分の家の延長で使われるのは、ちょっとご遠慮いただきたいのだが、ここがイタリア人から言わせると「文化の違い」なんだそうだ。


家が暑過ぎてエアコンないからと事務所に通われるのは困る。

近所で工事してて、集中して勉強できないとか通われるのも困る。勉強したいのなら図書館通え!と言いたいが、いかんせん田舎町でそういった施設がない。

インターネットが不調なので、ちょっとネットにつながせてとかコピーさせてとか勘弁してくれ。


あーたーしーは! あんたにインターネット使わせる、エアコン当たらせるために、必死に働いているんじゃないの! ここはあんたの彼/だんなの職場であるが、あたしの職場でもあるのよ!と言いたいが、この違いをイタリア人に理解させるのは難しい。

事務所の経費捻出のために必死で働く私の努力は、こうやって同僚たちの身内に使われ、消費されていくんである。


勝手に事務所のコーヒを飲まれるのも嫌だし、飲んだ後のコップもキッチンに置いて行かれるのも嫌だ。君は一体、何様? 私は君の従業員ではないぞ。

それだったら、せめて事務所の掃除をしてくれ。せめて汚したコップは洗ってくれと思うが、そんなことさせたら「あたしもここで働いているのよ。」とますますつけあがるので、辞めた方がいいとみなさん、おっしゃるのでそれは避けたい。


「イタリアはこうなんだよ。これが親密さなんだよ。」と南イタリアよりは多少頭がある中央イタリアはトスカーナ人に吠えてみたが、こう言われちゃね、開いた口が塞がらない。

「なんか聞いてたらさ、ミカ、ヤキモチ焼いてない?」とかいうトスカーナ人の頭をかち割りたくなったので話を辞めた。



これって愛とか親密だとかじゃないよ! 侵略じゃん!と同僚にどれだけ、私が不快な思いをしているかを話してみた。

ここは彼女たちの家ではなく、私の職場である。ここのところわかってくれよ。



「う・・・・ん、 イタリア人は基本的にInvadente(押し付けがましい)だからね。」


いや、これって押し付けがましいの領域じゃなくって、常識がないだと思うんですけど。


で、ここでまた始まりに戻るのであった。脱力。









最後までおつきあいありがとうございます。Grazie per la visita!

[PR]
# by viabellaitalia | 2017-05-19 19:38 | イタリア広場 | Comments(0)

はた迷惑な名前

d0346364_20204779.jpg




「きゃあああああああああああああ!!! マテオ!  オオオオオオ ミオ ディオオオオオオ マテーオー!!!!!!!!!!」



事件は真夏の夜、とある海辺の町で起こった。



日中の暑さを逃れた夕暮れ後、イタリア人たちは海沿いの遊歩道を海側から吹く涼しい風を受けながらゆっくりと散歩するのが夏の夜の習慣。この夜も、遊歩道には多くの老若男女がそぞろ歩きをしていた。


ヨットなどが停泊している港沿いの遊歩道で、一人の老婦人が真っ暗な水面に向かって必死に名前を叫んでいる声を聞きつけた人たちが、何事かとわらわら集まって来た。


「マテオー!!!! Ohhhhh mio Dioooooooo!!! マテーオオオオオオ!!!!!!」


まさか、マテオという名前のお孫さんとかが、海に落ちたとか? えらいこっちゃ!!!!!!!!と男性が老婦人が叫ぶ真っ暗な海へ飛び込む!!!!!






真っ暗な海から浮かび上がってきた男性の腕には真っ白い・・・・死体じゃなくって、マルチーズ。


「シニョーラ・・・・マテオって、この犬?」



これは友人のお母さんのお話である。

お母さんが飼っていた犬にはマテオと、普通のイタリア人の名前がついていた。爆


人ごととは笑っていられない私ではある。うちの愛犬カルロもイタリア人に多い名前のひとつである。


イタリア人の名前は基本的にカトリック教の聖人の名前が多くつけられる。そのままね洗礼名になるからということもあるし、南イタリアなどはおじいちゃんやおばあちゃんの名前がそのまま孫につけられるので、同じ名前が世代交代するだけ。


なにせカトリック教信者のイタリア人、洗礼を受けていないと天国に行けないと信じているので、洗礼はもう生まれてきたからには必須。ということで洗礼名が重視もされているということもある。


いや、君たち洗礼してても長い人生の中、かなり腹黒いことしてるもん、天国行きは無理でしょ?と外人のあたしは言いたいが、まずは名前から天国行きをクリアしておかなければならないイタリア人たちである。


愛犬カルロは別に聖カルロさんの名前をいただいたわけじゃないけど、ナポリ王国の王様からいただいちゃったので、必然イタリア人にも多い名前となってしまっただけである。


昨今は日本でもペットに人間と同じ名前をつける事も多くなってきているようですが、イタリアもなんとなく、そんな感がします。

イタリアにもね、日本のポチやハチ公みたいに、犬やネコにつける名前がありますが、最近は海外のセレブとか、タレントや芸能人の名前をつけることが多いです。


カルロの周りのわんちゃんたちを見ているだけでも、普通にイタリア人の名前のウーゴくん、カミッラちゃん、エンマちゃんとか。ゴリアやアキレス、エットレ、ナポレオンとか神話やヒーロの名前も多いな。

カルロの兄弟たちもみんな人間の名前がついている。クラウスくんに、トムクルーズの娘の名前と同じくスアミちゃんマヤちゃん


ちなみにカルロには店長のとこの娘さん(人間)と同じ名前のメス犬の友達もいます。笑


数週間前にいきなり始まったゴミ個別戸回収システムですが、おむつってかさばるゴミですので、市で特別にオムツ用のゴミ箱を数カ所に設置したんですが、このゴミ箱を使うには市に「おむつを使う子供がいます。」という届け出をして専用のキーカードをもらわなければならないそうで。


「ミカのところ、カルロのおむつ(トイレシート)どうしてるの? カルロだったらおむつ用のキーカード申請できるんじゃない?」


犬でももらえるの?


「いや、市役所に行って、うちには3歳になる子供がいて、まだオムツ取れないんですと。きっと名前聞かれるだろうから、カルロって言えばいいんじゃない?」


確かに出生日、出生地も保健所に届け出してあるしね・・・・・爆


「あっ、でもだめだ! カルロのパパ犬が不明だもんね。お子さんのお父さんの名前を教えてくださいなんて聞かれたらアウトだよね。父親は不明ですなんて言っちゃったらさ、ミカがアバズレ女に思われちゃうもんね。」


・・・・・・って、おい。 汗







最後までおつきあいありがとうございます。Grazie per la visita!

[PR]
# by viabellaitalia | 2017-05-18 20:27 | Bau Bau Park | Comments(0)

地球の裏側にいても

d0346364_23362000.jpg




イタリアネタではないのですが、先日大学の恩師が退職を迎え、その記念に元教え子たちも一緒に出品をした「表現をする遺伝子展」という展覧会が開催されました。ここ数日はその展覧会に集まった元同級生たちと恩師の先生たちが仲良く収まった写真がどんどんフェイスブックにアップして来ます。


大学生活から実に30年以上の年月が経っているのですが、こんな風に集合できちゃったみんなが凄いのと、今でも変わらないみんなの笑顔を見てたら地球の裏側で心が熱くなっちゃいました。


同級生からも実はデータでも出品してくれたら、搬入やるよーとは声かけてもらっていたんですが、いかんせん、イタリア生活って本当に日々がサバイバルというか戦場で作品作りに集中できないだろうとパスしちゃったんですけど、こうやってみんなの顔を見たら、うーんもうちょっと頑張って挑戦すべきだったなと。



上の写真は卒業制作で作った自分史という本の1ページです。

大学の研究室の恩師たちの似顔絵。結構失礼な構図もありますが、許してね。


大学2年目に選択した編集デザインの卒業席作は自分の最初の20年史を1冊の本にする。

取材も資料集めも撮影も、編集デザインもレイアウトも製版作業も印刷も自分。


退職前に研究室を整理してたら、こんなのが出て来たよ!と恩師梅田先生が私の卒業制作を撮影してメッセンジャーで送ってくれたときはびっくりしました。当時3部作り、確か2部は大学に置いてきたけど「物持ちいいでしょ? 何回か研究室の引っ越しもあったけどずっと持ってたのよ。」という先生の言葉、とても嬉しかったです。


地元では絵が上手な方で、北海道などの展覧会などでは賞をもらうこともあったけど、図に乗って美大なんて、みんなそういう人が集まるところに行ったら、自分は全然だめじゃん!というのも思い知らされた大学生活。


まあ、特別私の作品がすごくて残っていたのではなく、納品がね・・・・遅れたの。てへ。

卒業展ぎりっぎりで 笑。多分それで先生たちも返却しそびれたってことだと思います。爆


今でこそ編集も印刷も全部コンピューターですが、当時はまだMacさえ、なんにも出来ない時代で 笑 

文字も写植機という機械で一文字一文字打って、現像して、脱字誤字があったら、カッターで一文字づつ切って貼って。レイアウトしてみたら、でかかったとか小さ過ぎと、また最初からやり直し。

印刷もシルクスクリーン。

各自に与えられた版は1枚なので、一版刷ったら色合わせにまた版を全部シンナーで洗い落として、もう一度版作りから。

「今思えば凄い課題よね。今の学生だったらできないかも。」とは当時を振り返った先生自らの感想。

確かに校舎中にシルクの版を洗うためのシンナー臭が充満しちゃって、作業していた学生が妙にハイだったり 笑

あの当時は指がシンナーで乾燥しちゃってひび割れてたわ。 笑

バスの中で立ったまま寝れたのも、あの卒業制作の時期。


作業が大詰めになったときは、安全管理のおじさんに追い出されるまでみんな大学に残り、そんな私たちのために、研究室の先生たちも夜遅くまで残ってくれて、挙げ句に炊出しまでしてくれたのも覚えてる。


母校は新しいことをやりたいという有志の先生たちが集まった若い大学で教授たちも講師の先生たちもみんな若かったのもあるのかな? 先生や教授たちに随分タメ口で梅ちゃん、きむっちとかのむっちとかあだ名で呼びかけてたっけ。


午後の専門講義の後、課題の絵を描いていると、なんか揺れるんですけど、地震?と思いきや、教授たちが校舎の屋上でテニスしてて校舎全体が揺れてたなんてことも。爆

最近は校舎も老朽化で改修工事が入ったようですが、みんな若かった。笑


一杯、いろんな思い出と本当にたくさん、いろんなことを学んだ2年間。一から築いた友情は30年経った今も色褪せない。

「君たちは、商業デザイナーになりたくてここに来たんで芸術家になろうとしてきたんじゃないんだから、この違いをしっかり肝に命じとくように。クライアントがあってのデザイナーなんだからね」という奈良先生の言葉はこの30年間忘れたことはない。

「クリエイティブな仕事をするにはね、自分の中に一杯宝物を溜め込むんだ。じゃないとなにも生み出せないぞ。」正確な言葉はちょっとあやふやだけど、これも教授たちが教えてくれた秘訣である。


入試試験の面接の際に、どんな質問をされるんだろう?とどきどきしていた私に「おおお、北海道ですか? もう雪降りましたン?」とたったこの一つの質問で、もう絶対落ちたと思っていた大学。


d0346364_23391917.jpg

このページは2月の末生まれの私、卒業制作の本当の佳境のときにやっと20歳になったので、
自分史最初の20年をやっとこの日にくくることが出来た、その当日に版を起こしたページです。


ここ数日、フェイスブックに上がって来るみんなの写真を見ては、こんなに素晴らしい2年間という時間を刻めた自分の人生を誇らしく思うのでありました。

地球の裏側から、梅田先生、お疲れさまでした。そしてこれからのご活躍楽しみにしています。







最後までおつきあいありがとうございます。Grazie per la visita!

[PR]
# by viabellaitalia | 2017-05-16 23:41 | イタリア広場 | Comments(0)